2008年08月03日

特許流通講座

独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)の主催する「特許流通講座」(基礎編)の講師として、東京2回、名古屋、高松で講演する機会がありました。この講座はいわゆる「特許ライセンス」の実務講座で、年々盛況のようです。最終回(7月31日)の東京会場には170人余の受講者が登録されていました。主催者の話では、申込者数はもっと多く、定員オーバー後は申込を断らざるを得なかったのだそうです。

これは何も東京だけの人気ではなく、名古屋、高松でも受講者は定員を超えており、その人気は全国的な広がりを見せていると言ってよいかも知れません。受講者の構成も各地ともほぼ半分が民間企業からの出席者。ほとんどが知財関係者のようです。残りが大学TLO,自治体関係者、公立研究所、弁理士、コンサルなどの実務家でした。

なぜ特許流通にこれほど人気が集まるのでしょう。何と言っても参加費が無料というのが大きいのでしょう。特許庁の外郭団体が目玉の事業として行いますので、その宣伝効果は絶大です。民間のセミナー会社が、有料の講座に100名以上を集めるのは容易ではありません。それがINPITの講座では申し込み締め切り前に定員に達するということですから、国費が投入された無料のプログラムにはかないません。

特許流通に対する認識が変わったこともその背景にあるかもしれません。大学や自治体でも常勤の知的財産担当が置かれようになり、担当者が現実に特許流通などの問題に直面するようになりました。これまでは、特許流通アドバイザーなど専門家が面倒をみてくれていましたが、アドバイザー制度も見直され、それぞれの機関は自分の足で歩んでゆかなければならなくなりました。そのような背景が、講座への需要となっているのでしょう。

特許ライセンスの業務は、経験を積んでスキルが身につくのも事実。講座受講者の多くが、実際に職場で特許ライセンスを体験できることがとても大切です。講座を終えた今、講師の一人として、多くの受講者がそのような機会に恵まれることを願っています。

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2008年06月18日

アメリカ知的財産法への誘い〜牛糞は発明の母(後編)〜

2番目の事例は「サクライダ事件」です。


この事件は、米最高裁がアメリカの非自明性の基準を定めた判決(1976年)として有名です。今回は少しお品のよい表現を心がけます。


サクライダ事件で争われたのは、牛の落下物を処理する方法でした。畜舎ではこれを清掃するのに、箒を使って掻き集めたり、ホースの水で側溝に流したりいずれにしても人手の要るしかも時間のかかる作業でした。


ある人は、これを人力に頼るのではなく、水を使って短い時間ですませるために、畜舎近くに水を堰き止めておいて、必要に応じてその水をあふれさせて畜舎の床一面に流して牛の落下物を洗い流す方法を考えついたのです。お風呂からあふれるお湯で、風呂場の床の上のものが流されるのをイメージしていただくとよいかもしれません。


彼の方法は特許出願されました。この方法は、既知の要素を組み合わせたものでしたが、人力によるものではない点やプールからあふれた水は面となって短時間に落下物を流し去ることができるなど、これまで箒やホースを使った清掃方法とは違って効率も良いため特許は成立しました。特許庁は非自明だと判断したのです。


しかし、この特許は裁判所でその有効性が争われました。最後は、最高裁にまで行き着きました。最高裁は、既知の要素の組合せ特許が保護されるためには、相乗効果がなければならないとしました。また、相乗効果は異なる機能によって立証されるのであって、単に以前の組合せより際立った結果を生み出しただけでは不十分であるとして、特許を無効としました。このサクライダ事件の最高裁判決は、非自明性(米特許法103条)の重要判例の一つです。


さて、なぜ今「サクライダ事件」かというと、実は本メルマガの最初に論じたKSR事件の最高裁の判決と関係するのです。KSR事件での最高裁判決は、非自明性の基準を、1966年の「グラハム対ジョンディア判決」(1966年)に戻すものであるとされていますが、もう少し正確にいうと、公知の組合せになる発明については、その後のサクライダ事件の最高裁判決が先例になるのです。組合せによって何か新しい機能が生まれていないと非自明とはいえないという非自明性のハードルを高くした判例でした。


ですからKSR事件の先例はサクライダ判決だといっても過言ではありません。



[Sakraida v. Ag Pro, Inc.事件・参考リンク]
・Justia.com
http://supreme.justia.com/us/425/273/case.html

・Sakraida v. Ag Pro, Inc.関連特許 US3223070
http://v3.espacenet.com/origdoc?DB=EPODOC&IDX=US3223070&F=0&QPN=US3223070
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2008年06月02日

アメリカ知的財産法への誘い〜牛糞は発明の母(前編)〜

品のない表題で恐縮です。読者がこの記事を目にするときは食事時でないことを祈るばかりです。今回は、牛の糞が関係した有名な特許事件を2件紹介します。1つが「チャクラバーティ事件」で、もう1つが「サクライダ事件」。


まず、チャクラバーティ事件から。


チャクラバーティ事件は、微生物に特許を認めた最初の最高裁判決として知られています。米国特許法史上十指に入る重要判例です。その発明はアナンダ・チャクラバーティという研究者が生み出したものでした。


アナンダはイリノイ大学で石油を分解する特定の菌(シュードモナス菌)を研究していました。GEに就職し、最初に与えられたのが、牛糞のセルロースを微生物で分解して飼料を作るというテーマでした。糞の中に含まれる未消化繊維を分解して飼料にするという発想です。


ところが世界の原油価格が大幅に下がり、原料となる原油が安く入手できるようになっため、会社は方針を変えてしまいました。石油そのままでは飼料になりませんから、微生物を使ってそれを分解し、栄養分を飼料に転用しようとしたのです。


アナンダは、会社の研究テーマとは別に、就業時間後や週末にシュードモナス菌を使って自分の研究を進めていました。その結果を論文発表したところ中東で開催される学会で口頭発表しないかという招待状が彼に届いたのです。


当時、GEでは、学会発表のための海外出張はほぼ機械的にみとめられていたようですが、アナンダの場合、たまたま副社長が彼の出張願いを見て、アナンダに研究内容を特許出願してから学会で発表するようにと条件をつけたのでした。そのため、学会では実質的ことは何も話せなくなりました。アナンダは後に回顧録の中で「これについては特許出願を準備中なのでこれ以上は発表できません」と何度も壇上で繰り返さざるをえなかったとその困惑ぶりを書いています。後からみればそれがアナンダに幸いしました。


さて、問題の特許ですが、微生物を使って原油を分解するプロセス、微生物が着床する浮遊物(海面に浮かぶもの)、人工的に生成した微生物―という3つの発明から構成されていました。最初の二つの発明には特許が認められましたが、3番目の人工微生物には特許は認められませんでした。


GEの社内弁理士はバイオ専門ではなかったのですが、新規・有用・非自明の3つの要件を満たす限り特許は人工微生物にも認められるべきだという信念から裁判で争ったのです。この事件は最終的に米最高裁で決着をみることになりました。そして遺伝子操作による生命体にも特許が認められるという判例が確立したのです。これが、微生物にも特許が認められ、米国のバイオ産業の発展の端緒となった「チャクラバーティ事件」です。


この事件は、特許庁の審決に対する裁判なので、後世、当時の特許庁長官の名前を入れて、「ダイアモンド対チャクラバーティ事件」と呼ばれるようになりました。



[Diamond v. Chakrabarty事件・参考リンク]
・Wikipedia:Diamond v. Chakrabarty
 http://en.wikipedia.org/wiki/Diamond_v._Chakrabarty

・アナンダ・チャクラバーティ氏の出願特許(GE名義)
−US3813316・US4259444
 対応日本特許:特開昭49-061376・特開昭58-028277
 Microorganisms having multiple compatible degradative energy-generat
 ing plasmids and preparation thereof
 http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=US3813316&F=8
−US3923597
 Mercury concentration by the use of microorganisms
 http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=US3923597&F=0
−US3923603
 Discrete plasmid construction from chromosomal genes in pseudomonas
 http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=US3923603&F=0

※日本・特許電子図書館(IPDL)の外国公報DBで和文抄録を見ることが可能
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2008年05月07日

アメリカ知的財産法への誘い〜合衆国憲法の「発明条項」のはなし(2)〜

パテントトロールへの対応が問題になっていますが、この問題を考える手がかりを連邦憲法の発明条項に見出すことができます。


前回書きましたように、連邦憲法の発明条項は、特許法・著作権法を制定する権限を連邦議会に与えるものでした。その場合の立法目的は「学術および有用な技術の促進」であり、その手段は「排他的権利の保証」でした。これまでに特許法を正当化する理論がいくつか出されてきましたが、それらは上記の目的規定と手段規定のどちらにウェイトを置くかによって根拠が異なってきます。


たとえば「学術および有用な技術の促進」を重視する立場の人は、特許法の目的は、学術・技術という公共財の促進に貢献することであり、場合により個人の自由や権利は制約されても仕方がないと考えます。

この考え方は、18−19世紀のイギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムの「功利主義哲学」を根拠としています。ベンサムは「 最大多数の最大幸福 」という思想で有名で、この考え方に立てば、特許は多数の人々の幸せに貢献するものでなければなりません。


それに対して「 排他的権利の保証 」を重視する人は、そもそも発明は人間の精神的労働から生まれるものであり、それは発明者個人の財産であると主張します。この論を唱える人は17世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックの思想を根拠として、発明は人間の精神労働と公共財との組合せであるから、それは発明者の財産権となると考えます。ロックは、私有財産の概念を定着させた法学者として知られています。


ベンサム説もロック説も、特許正当化論としては完璧ではなく、それぞれ弱点をかかえています。たとえばベンサム説では、必然的に個人の自由が制約されることになり、それでは排他権の保証に矛盾します。またロック説では天賦の権利であるのに、有限の権利となるのはおかしいという指摘にうまく反論できません。


冒頭のパテントトロール問題に、ベンサム説とロック説を適用するとどうなるでしょう。パテントトロールはロック説を主張するでしょうし、権利行使される側はベンサム説に傾くことでしょう。ただ、あまりベンサム説を声高に主張すると、自社特許の権利主張に響くのでさじ加減は難しいところではあります。


米国の裁判所も揺れています。eBay v. MercExchange事件が好例です。

控訴裁のCAFCは、原告(パテントトロール)の特許侵害の主張を認め、差止命令を出しました。しかし最高裁は差止命令は退けました。最高裁の判断は、事業実体のない原告(パテントトロール)が差止命令により得る利益と、全米にわたりネット販売事業を展開しているeBayが被る被害(つまり消費者の不利益)をはかりにかけると、本件の場合差止めは事業者である eBay に負担がかかりすぎるというものでした。

一種のバランス論ではありますが、ベンサムの「最大多数の最大幸福」という考え方に近いととれなくもありません。


このように考えてみると、連邦憲法の発明条項は230年前に作られたものですが、すっかり時代が変わった今日でも、依然として存在感を維持していることがわかります。


[eBay v. MercExchange事件・参考リンク]
・Wikipedia: eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C.
 http://en.wikipedia.org/wiki/EBay_Inc._v._MercExchange,_L.L.C.
・U.S. Supreme Court official website
 http://www.supremecourtus.gov/opinions/05pdf/05-130.pdf
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2008年04月14日

アメリカ知的財産法への誘い〜合衆国憲法の「発明条項」のはなし(1)〜

米国特許法は、連邦憲法の一節を根拠にして制定されていることはよく知られています。憲法1条8項に「発明条項」と呼ばれる規定があります。この規定は1787年に制定されたもので、連邦議会に対して著作と発明に一定期間の排他権を認めるための立法権を認めています。

関連部分を抜粋して英文で引用します。


・・・to promote the Progress of Science and useful Arts by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries (下線筆者)


今回は、下線が引いてある「Science」と「Arts」の意味についてです。

一般的にはScienceの訳語は「科学」、Artsは「芸術」でしょう。ところが、300年以上前の憲法制定時にはScienceは科学よりももっと広い知識や教養という意味も含まれていたようです。つまり、Scienceはより著作物をイメージしていたのです。そしてArtsは、TechnologiesやIndustriesという意味を持っていました。

だから特許要件でもある"useful"という形容詞がついているのです。

このような説明がつくと、憲法の発明条項は法文として明快に理解できます。つまり、著作権の対象が先行し、次いで特許権の対象が言及されているので、Scienceに対応する用語としてAuthors, Writingsが、そしてArtsに対してはInventors, Discoveriesと続きます。語順も統一されています。


ところが、Scienceを「科学」と訳すとどうしても特許のイメージが強くなります。しかも後続のArtsは、「芸術」や「美術」と訳すことも可能です。美術となると著作権のイメージが生まれます。そのような訳にしてしまうと「・・・科学と有用な芸術を促進するため・・・」という目的のことろは、「著作権」と「特許」という権利の形態の語順と合わなくなります。


もちろん言わんとしているところはわかるので実質的にはそれほど問題はないのですが、精緻であるべき憲法規定の訳としては少し変です。だからこの部分を邦訳するときには、憲法制定時の意図を汲んで訳語をえらぶ必要があります。ただそうすると、この規定を憲法の「発明条項」と呼ぶことにも少し違和感がでてきます。「著作権条項」とすべきではないかという意見も出てくるかもしれません。


訳語の問題はともあれ、米国特許法はこのような憲法上の規定を根拠として制定されました。その目的は「技術の進歩」です。特許法をめぐる解釈が争われたときには、裁判所はつねに憲法のこの規定に遡って判断をします。


これに対して日本の特許法は、ご承知のように「産業の発達」への寄与を目的としています。日米特許法のこの違いが運用上微妙な違いを生み出しているといわれています。


(つづく)


[米国特許制度の歴史については、服部健一「変貌する米国特許制度・運用とその対策の方向」(『知財管理』2008年3月号)を参照。]
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2008年03月24日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国における職務発明(第2回)〜

前回概要をご紹介した職務発明の事例は、正直なところ判りにくかったのではないかと思います。その理由はCAFCの判決理由が法律論だからです。


わかりやすく言えば、この事件は、発明者Aと雇用者(HP)との間の雇用契約の「発明譲渡規定」が有効かどうかについて争ったものでした。地裁は、その規定は有効であるので、その契約の締結日から、特許権は雇用者のHPに移っており、原告のIpVenture には裁判を起こす権利(原告適格)がないと判決したのです。その根拠となる先例(CAFC判決)を2件引用しました。これは非常に判りやすい論理です。


ところが、CAFCはこの地裁の判断が誤りであるとしました。その理由は、問題の発明譲渡規定は「将来発生するであろう譲渡」を定めたものであって、それが実際に有効となるためには、具体的な発明について明文の譲渡合意がなければならないとの解釈を取りました。今回の事件の場合、雇用契約中の譲渡規定だけで発明の譲渡を認めるのは不十分であるとしたわけです。


発明者AとHPとの間の発明譲渡規定では


「AがHPに雇用されている間、A単独または他との共同で生まれた発明および発見については・・・、それらはHP単独の財産であり、Aは、・・・それらをHPに譲渡することに合意する


となっています。この規定を素直に読めば、地裁が判断したようにAの職務発明はHPに譲渡されたと考えるのが普通でしょう。


しかし、アメリカでは発明者に権利が帰属するのが原則なので、その原則を曲げるには具体的かつ明示的な証拠が必要であるというのがCAFCの判決の趣旨といえます。つまり、将来生まれるであろう発明の譲渡を予め約束しても、実際に発生した発明について具体的かつ明文で譲渡の合意がなされない限り、当初の約束は無効であるという考え方です。この事件の場合、2005年のHPとIpVenture との契約によって、HPが特許権の放棄を確認しています。CAFCによれば、その文書は、当初の譲渡規定のCAFCの解釈が正しことを裏付けているのです。


この考え方は、「発明規程での一方的な譲渡合意は認められない」とする日本の職務発明判決(オリンパス事件)にも見られます。つまり、将来生み出される発明の帰属を、予め雇用契約で定めて置いても、それが具体的に契約として明文化されなければ無効です、ということを確認した判決といえるでしょう。


前回、事実関係で重要な事項が抜けていましたのでここに補足します。

発明者Aは原告(IpVenture)のオーナーの一人でした。つまり、CAFCの解釈のように雇用契約の中の譲渡規定が無効であれば、235特許は当然発明者であるAに帰属します。Aは自分の会社であるIpVentureに保有特許を譲渡して会社として235特許の権利行使ができることになります。だからこそ、2003年※に侵害訴訟を起こしたのです。


※前回提訴年を2002年と書きましたが2003年の誤りです。訂正します。
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2008年03月10日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国における職務発明(第1回)〜

日本と異なり、業務上なされた発明(職務発明)について米国特許法には明文の規定はありません。業務上の発明であっても特許の所有権は基本的に発明者に帰属します。しかし、会社が発明の開発に貢献したときには「ショップライト」と呼ばれる無償の通常実施権が認められるので、職務発明に関する限り、会社はとくに支障なくその発明を使用することができるのです。


それでは米国では職務発明をめぐる労使間の紛争はないのでしょうか。


そうではありません。そこは訴訟社会のこと、裁判事例がいくつか報告されています。ただし、それらは契約をめぐる裁判であり、一見すると他の問題のようでもあります。少なくとも「権利の帰属」という我々にわかりやすいタームで報告されることはありません。


ショップライトが判例で認められていますが、米国の雇用者はほとんど社員に対し業務上の発明を雇用者に譲渡することを契約書で明記しているのが普通です。


いわゆる発明の譲渡契約です。


しかし、この譲渡契約の文言が適切でないと、雇用者に譲渡されていたはずの発明についての権利が認められない場合があります。その好例が、IpVenture, Inc. v. ProStar Computer, Inc.事件です。


特許弁護士(A)は、ある共同発明を1994年に出願し特許を得ました(235特許)。

Aは、1992年から95年までHewlett-Packard(HP)の特許代理人を勤めており、HP在職中は業務上の発明をHPに譲渡する旨の契約に署名していました。

問題の235特許は、HP在職中にAが出願したものでした。Aは後になって235特許をIpVentureに譲渡しました。

それを根拠にIpVentureは2003年、ProStar Computer他を侵害容疑で提訴しました。それがこの事件です。


被告のProStarは次のように反論しました。つまり、IpVentureは特許権の正当な承継者ではなく、235特許の権利はHPにあると。原告のIpVentureは、ProStarに対する訴訟提起の後にHPと交渉し235特許の権利はすべてIpVentureが保有する旨の合意をHPから取り付けていました。


一審の地裁は、AとHPの間の発明譲渡契約は有効であり、提訴後に締結されたIpVentureとHP間の合意は無効であると判決しました。これに対して控訴審のCAFCは、IpVentureが裁判を提起した時点(2002年)で、HPが235特許についての権利を保有していたかどうかについて審理し、HPには235特許の権利はないと結論づけました。


その理由は、AとHPとの間の発明譲渡契約は「(Aがその発明を)譲渡することに合意した」(agreed to assign)とだけ規定するもので、この規定は「将来の」HPへの譲渡についての規定であると判断したからです。

その結果、AとHPとの間の譲渡契約の下ではHPにはAの発明についての権利がないと判断しました。



この判決を読むと米国は契約の国だと今更に思い知らされます。契約の規定が明確でなければ、雇用主であっても業務上の発明について実施権が認められないからです。

この判決に対して、HPはショップライトが認められるだろうと考えた読者がいたとすればその人は只者ではないですね。確かに、ショップライトはコモンロー(あるいは衡平法)の権利であり、契約法にもとづくものではないから今回の判決には影響を受けないと考えることもできます。

ただ、この事件では、HPは235特許に未練はなく、だからそこIpVentureにその権利を譲ることに合意した訳です。コモンロー(あるいは衡平法)上の権利であるショップライトを争うことはこの事件では考えられないといえるでしょう。
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2008年02月12日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国特許法の域外適用(第2回)〜

前回、ソフトウエアは米国特許法271条(f)で規定する「構成部品」と認められず、米国特許法の域外適用は認められないとする米連邦最高裁判決を紹介しました。この最高裁判決がどれほどの広がりをもつかはっきりしません。最高裁判決によりソフトウエア特許は対象外であることは明らかですが、他の場合にどのようになるかは明確ではありません。今回は、プロセス特許が絡んだ域外適用の問題を紹介して、その点を考えてみます。


ポリエステル繊維や樹脂は、エチレンオキシドを材料にします。エチレンオキシドは、エチレンと酸素を反応させて生成しますが、その時に銀を触媒にすると反応効率がよくなることが知られていました。

ユニオン・カーバイドは、銀に他の金属を加えると反応効率が一層改善することを発見し、3件のプロセス特許を取得しました。そしてその特許を根拠にライバルのシェル石油を訴えたのです。提訴理由は、シェル石油の使用した触媒がユニオン・カーバイドの特許に侵害するというものでした。

一審は陪審裁判となり、陪審員はユニオン・カーバイド敗訴(非侵害、特許無効、損害賠償なし)の評決を出しました。ユニオン・カーバイドはこの判決を不服としてCAFCに控訴。CAFCは、一部の争点について地裁の判決に問題があるとして、その問題についてのみ裁判の差し戻しを命じました。差し戻し審では、ユニオン・カーバイドの1件の特許だけが問題となりました。

その特許について陪審員は、シェル石油の触媒販売は、間接侵害を構成するとして侵害を認める評決を下しました。


それを受けた地裁判事は、損害賠償の算定にあたりシェル石油の触媒を外国に輸出した分については計算に含めないと結論付けました。特許法271条(f)(下記参照)はプロセスクレームを対象にしていないという理由からです。


271条(f)(再録)
(1) 特許発明の構成部品を、米国内もしくは海外へ許可無く供給した者は、その構成部品が全体的もしくは部分的に組み立てられていないものの、米国内で組み立てられるような状態にあり、もし米国内で組み立てれば特許権を侵害するものであるとき、侵害の罪に問われる。    

※米国特許法271条(コーネル大学)              
 http://www.law.cornell.edu/patent/35uscs271.html



地裁判事は「271条(f)は特許発明の構成部品の輸出に対しては侵害責任を課すものであるが、プロセスクレームについては適用されない」との解釈を示しました。その結果、海外輸出分を除き、それ以外の触媒については侵害を認め、差止め命令を出したのです。この判決にシェル石油もユニオン・カーバイドも不服でCAFCに控訴しました。


控訴を受けたCAFCは、この地裁判事の解釈は誤りであるとしました。CAFCは、自ら下したEolas v. Microsoft 事件判決にもとづき、271条(f)はプロセスクレームにも等しく適用されると解釈しました。

さらに、自らのAT&T v. Microsoft 事件判決もその根拠の一つであるとしました。ところが、このAT&T v. Microsoft 事件のCAFC判決は、後に最高裁で覆され、ソフトウエアは構成部品ではないと判断されたのは前回書いたとおりです。プロセスクレームについては、ユニオン・カーバイド事件は覆されていませんので、その事件でのCAFC判決は拘束力をもつと考えるのが普通ですが、今後似たような事件で、CAFCがAT&T事件最高裁判決を踏まえて、271条(f)にもとづく域外適用がプロセスクレームの場合にも認めるかどうかについては、異なる解釈がでる可能性があるかもしれません。


CAFCの法解釈に対して最高裁判決が異を唱えることが多くなっていますので、CAFCとしても最高裁の顔色を伺わざるを得ない状況になっているのもその理由の一つです。


次回は、米国の職務発明をめぐるトピックを紹介します。
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2008年01月28日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国特許法の域外適用(第1回)〜

特許法は原則としてそれが制定された国内でのみ適用されます。これは「属地主義」と呼ばれる考え方です。ところが、米国特許法には、国外の行為にも米国特許法が及ぶとする規定があります。米国特許法271条(f)の規定がそれです。いわば属地主義の例外にあたり「域外適用」(extraterritoriality)と呼ばれています。


※米国特許法271条(コーネル大学)
 http://www.law.cornell.edu/patent/35uscs271.html


271条(f)の規定は、概ね、以下の内容です。

(1) 特許発明の構成部品を、米国内もしくは海外へ許可無く供給した者は、その構成部品が全体的もしくは部分的に組み立てられていないものの、米国内で組み立てられるような状態にあり、もし米国内で組み立てれば特許権を侵害するものであるとき、侵害の罪に問われる。

(2) (略)


ここでなぜこのような規定が米国で生まれたかを考えてみます。この問題の端緒はおよそ150年前に遡ります。フランス船の構造が米国特許に侵害するとして、侵害裁判が起こされました。連邦最高裁は、通商・外交上の配慮から、米国特許は外国船には及ばないと判決しました(Brown事件、1856年)。この判決により、米国特許法の域外適用の禁止が判例として確立したのです。


1972年には、米国特許でカバーしている製品を分解して部品を国外に送り、国外でそれを組み立てたことに対して侵害裁判が米国で起こされました。この事件を取り上げた連邦最高裁は、域外適用禁止の判例に従い米国特許非侵害の判決を下しました(Deepsouth事件)。当時は、司法にアンチパテントの流れが残っており、この最高裁判決はある意味で当然の結果でした。


しかし、関係業界が動き出しました。ロビー活動を強力に展開して特許法改正を求めた結果、議会は1987年に特許法に271条(f)を追加したのです。これによって、外国での迂回行為に米国特許を適用できる道がひらかれたのです。当時発表された法改正の理由は、特許品の部品を輸出して海外で組み立てさせる迂回行為を防止し、特許法の抜け道をふさぐことにあるとされました。


このような域外適用の経緯を見ると、そもそも271条(f)の域外適用は、機械製品などの物理的な製品の構成部品を単体で外国に供給し、そこで組み立てることを対象にしていることがわかります。そのような事件では、域外適用が認められていました。


しかし、2005年以降になると、ソフトウエアを対象とした域外適用の問題が続発するようになりました。要するに有体部品ではなく、ソフトウエアが「構成部品」にあたるかどうかという問題です。CAFCは、ソフトウエアも構成部品にあたるという判断を示し始めましたが、それに待ったをかけたのが連邦最高裁でした。


最高裁は2007年4月、AT&T v. Microsoft事件判決でCAFCの解釈を否定しました。この事件では、コンピュータ・ソフトウエアが米国から海外にマスターディスクの形で送付され、日本やドイツで製造されたPCに搭載された場合、271条(f)の下で米国特許の侵害となるかどうかが争われました。最高裁は、ソフトウエアは発明品の構成部品にはあたらないので、域外適用の要件を満たさないとして、米特許の侵害は成立しないとしました。


※AT&T事件・最高裁判決
 http://www.supremecourtus.gov/opinions/06pdf/05-1056.pdf

 AT&T事件・最高裁判決試訳
 (松田特許事務所)
 http://matsuda-patent.com/ATTvMS-translation.pdf

 AT&T事件・最高裁判決解説
 (モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所)
 http://www.mofo.jp/news/updates/tlcb/pdf/070515.pdf 



この判決が注目されるのは、所有者の知財権を拡張的に解釈しがちなCAFCに対して、連邦最高裁が抑制的な解釈をとっているからです。判決の中で最高裁は、何も域外適用という法律上議論をよぶ手段をとらなくても、必要な国に特許出願しておけば済むことではないかという趣旨の意見を述べています。連邦最高裁は、この事件以外でも次々にCAFCの判断を覆しています。


AT&T事件を契機とした特許法の域外適用問題の本格的な論考として小田真治「米国特許法の域外適用の論点(上)」(「L&T」No.38, 2008/1, pp 34-43)があります。参考にしてください。
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2008年01月15日

アメリカ知的財産法への誘い〜KSR判決とその影響(最終回)〜

米国特許庁(USPTO)は2007年10月10日、KSR判決を受けて103条に基づく自明性決定のためのガイドラインを発表しました。審査官用の「手引き」という位置づけであり、法的な拘束力はありません。冒頭に、既存のガイドラインと異なる場合には既存のものが優先すると断り書きがしてあります。とはいえ、いずれは審査便覧(MPEP)の改訂時に収載される予定であり、審査官にとっては座右の銘とせざるを得ないでしょう。

今回は、このガイドラインを通して米特許庁がKSR判決をどのように受け止め、どのように審査実務に反映させるつもりかを検討して本テーマについてのまとめとします。


KSR判決の要諦はグラハム基準への回帰です。

グラハム基準は、公知例の範囲と内容、当該発明と公知例との差異、当業者のレベルの確認・特定でした。今回のガイドラインでは、それぞれの要件について分析手法を提示しています。以下のようにまとめることができます。


1)公知例の範囲と内容の確認
  審査官はまず出願明細書に記載された発明を完全に理解する。その際、明細書に依拠して合理的かつ広義な解釈をする。その後、発明主題についての公知例調査を行う。調査に際してはMPEPの規定に従う。


2)当該発明と公知例との差異の確認
  まずクレーム文言を解釈する。その際、当該発明と公知例の全体を考慮する。


3)当業者のレベル
  審査官は、以下の点を考慮して技術レベルを決める。その後、発明が当業者にとって自明であるかどうかを決定する。
  a)解決すべき問題の種類
  b)公知例ではそのような問題をどのように解決しているか
  c)関連分野のイノベーションのスピード
  d)当該技術の洗練度
  e)当業者の教育レベル


なお、当業者のレベルを決める場合、審査官の技術レベルに依拠した判断をしても許される。また、審査官がTSM基準により拒絶理由が相当と判断した場合、TSM基準の適用は認められる。


さて、皆さんが米特許庁の審査官だとしたらこのガイドラインで、出願中の発明が自明であるかどうか判断できるでしょうか。かなり難しいのではないかと思います。


それに加えて先行きが読めない理由の一つは、連邦最高裁が「TSM基準を硬直的でない限り」認めるという妥協により、何も変わらないという結果も予想しうるからです。米国の非自明性法理の歴史を見ると、グラハム基準では抽象的すぎるということでTSM基準が導入されたという経緯があります。最高裁のKSR裁判のヒアリングでは、TSM基準は「怪しげな」基準といわんばかりの強い調子の批判を受けたにもかかわらず、結局、生き残りました。

その結果、審査官はTSM基準に駆け込むことができる余地が残りました。現実にTSM基準に依拠した下級審の判決も出始めているようです。


さて、次回は、米特許法の「域外適用」の問題について考えてみます。
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