2007年11月28日

アメリカ知的財産法への誘い〜KSR判決とその影響〜

KSR判決という言葉をどこかで目にした人は多いことでしょう。今年の4月に米国最高裁が下したもので、米国特許の特許性の基準を見直す重要な判例として知られています。専門誌や講演で取り上げられることが多いゆえんです。


米国では、ある発明に特許を認めるかどうかは3つの要素を考慮して判断します。その発明が


 「新しいものであるか」(新規性)

 「役に立つものか」(有用性)

 「これまで誰も思いつかなかったものか」(非自明性)



の3つです。KSR判決は、最後の非自明性に関するもので、一般にその判断基準を引き上げるものと理解されています。


非自明性の概念は、19世紀半ばの「ホッチキス判決」(1850年)で生まれました。鉄製フレームに取り付ける陶製のドアノブの特許有効性をめぐる裁判で、発明者は、陶製ノブが従来の木製や金属製ノブに比べ、耐久性、美観、価格面で優れているので特許性を満たすと主張しましたが、連邦最高裁は発明が単なる素材の代替であるとしてその主張を認めませんでした。

最高裁はその理由として「発明が特許になるためには、新しいものである他にそれ以上の何かを含むものでなければならない」と指摘しました。

この判決以降、非自明性は特許の要件となりました。


この非常にあいまいな非自明性の要件は、1952年の特許法改正で第103条として明文化されました。103条の規定は、「当業者」というある程度の技術レベルにある仮想の判断決定者を導入し、その当業者が発明の時点で発明に新味を感じるような発明でなければ特許にしてはならないという趣旨の規定です。それはホッチキス判決の趣旨を反映したものでした。


※米国特許法 第103条
 Conditions for patentability; non-obvious subject matter
 http://www4.law.cornell.edu/uscode/35/103.html


しかし、非自明をどのようにして決定するかは必ずしも明らかではありませんでした。それを明らかにしようとしたのが連邦最高裁の「グラハム対ジョン・ディア判決」(1966年)です。最高裁はこの判決で、


  a) 公知例の技術レベルを特定し、

  b) 公知例の範囲と内容を決定し、

  c) 公知例と発明(クレーム)の差異を判断し、

  d) 二次的考慮事項を判断する



という4つの要素を考慮した分析法を示しました。


非自明性の問題は、特許出願を審査する米国特許庁だけではなく、特許の有効・無効を判断する米国連邦地裁も直面する問題です。難しいのは、いくつかの公知例を組み合わせて自明性を否定する主張がなされた場合です。それを無制限に認めれば、当業者がその発明に思い至るとの主張が容易になり、特許は認めにくくなります。これを解決するため、連邦控訴裁(CAFC)は、そのような組み合わせが公知例の中で


  教示   Teaching

  示唆   Suggestion

  動機付け Motivation



されていない限り、公知例の組み合わせを認めないという基準を示しました。これが「TSM基準」と呼ばれるもので、これまでの非自明性の判断基準となっていました。CAFCの意識は、特許庁や地裁が発明の非自明性を判断する際に発明時点での技術レベルではなく、その後の「後知恵」(hindsight) によって判断しがちなので、それを避けたいというものでした。確かにこのTSM基準は、審査官や実務家にとっては実に重宝な基準となりました。公知文献に該当する記載あるかどうかを調べれば足り、「当業者の知識レベル」という難問と格闘する必要がなくなるからです。


しかし、それが時間の経過とともに、TSM基準の適用が硬直化し、公知例に記載がなければどんなものでも非自明性の要件を満たすという結論が導かれ、その結果、特許の質が下がるという批判が出るようになりました。そのような背景から、冒頭記載のように、最高裁は、TSM基準ではなく、グラハム基準により非自明性を判断すべきであるとしたのです。


しかしこれですべての問題が解決したことにはなりません。「当業者の技術レベル」などをめぐり、裁判所により判断が異なることが予想されるからです。それは今後の判例の集積を待つことになります。


次回は、KSR判決後に出されたCAFCの非自明性判断をいくつか紹介します。
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2007年11月12日

[創刊号] アメリカ知的財産法への誘い

米国特許庁は、継続出願・継続審査・クレーム審査などに関する新しい規則を11月1日に施行する予定でした。

この規則は、米国政府が目指す特許権の質の強化と権利の濫用防止を目的としたもの。しかし、その有効性を問う裁判が起こされ、規則の施行日直前にそれを差し止める予備的命令が裁判所から出されました。
(Smithkline Beecham Corp. v. Dudas, E.D.Va)

裁判ではこれから、特許庁にこのような規則を出す権限があるかどうかが争われます。仮差止命令が出ましたので、規則の有効性についての最終判決が出るまでその施行は停止されます。利害関係のある出願人にとっては朗報でしょう。

しかし、裁判がおこなわれているのは迅速審理で知られるバージニア東部地区連邦地裁。すぐに有効性についての判決も出されるかもしれません。

新庁舎に移り、特許制度のオーバーホールに着手したばかりの米国特許庁にとって、想定外の「待った」がかかった形となりました。

今後の動向については、進展がありしだい報告します。
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メールマガジン 「藤野仁三の[アメリカ知的財産法への誘い] 」創刊

◆メールマガジン創刊のお知らせ

このたびメールマガジン配信スタンド「まぐまぐ」より、無料メールマガジン「藤野仁三の[アメリカ知的財産法への誘い] 」を創刊することになりました。

このメールマガジンでは、日刊工業新聞の「よくわかる知的財産権問題」著者である東京理科大学院 知的財産戦略専攻教授 藤野仁三が、知財法制度の抜本的な改革の途上にあるアメリカの最新情報をお届けします。

◆メールマガジンの概要


アメリカは知財法制度の抜本的な改革の途上にあります。裁判所もこれまでの判例を変える新しい判断を次々に出しています。このように過渡期にあるアメリカの知的財産最新情報をお伝えし、アメリカがどこに行き着こうとしているのかを考えてみたいと思います。


今、アメリカの知財法が大きく変ろうとしています。

まず、司法が知財の事件に積極的に関与するようになりました。

また政府・議会も制度の改変に乗り出しています。アメリカ企業、特にIT企業は、特許よりも著作権に軸足をおいた事業戦略を展開しています。

このようにアメリカでは、官民あげてこれまでとは違った知財の取り組みを進めています。

本メールマガジンでは、司法・行政・立法そして企業の最新の動向を紹介してアメリカが何を目指し、どのような方向に向かっているのかを考える素材を提供したいと思います。
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