2009年05月11日

アメリカ知的財産法への誘い 〜 eBay判決の影響(ペイス社・トヨタ事件続報) 〜

このトピックは前回でとりあえず一段落の予定でしたが、このほど(4月17日)にテキサス東部地区地裁の差戻審判決が出ましたので続報として書きます。


まず事件のおさらいをしましょう。


この事件で地裁は、トヨタのハイブリッド車がペイス社の特許に均等論上侵害すると判決しました。ペイス社はその判決を受けて、差止請求をしたのですが地裁はeBay判決を根拠にその請求を退け、損賠賠償を一台当たり25ドルとしました。


この判決にペイス社とトヨタの両方が不服で、CAFCに控訴しました。

CAFCは地裁の判決を破棄して、25ドルの損害賠償の算定根拠が不明なので、算定根拠についてだけ審理をしなおすように地裁に事件を差し戻しました。

CAFCの判決理由は、侵害判決の前と後では賠償額算定根拠が異なるはずなのに、25ドルという過去の侵害に対する合理的実施料を採用した、つまり、侵害を認定する前の実施料率に依拠するのは一考を要するというものでした。


差戻審で地裁は、差止救済は認められないという前提に立ち、陪審員が25ドルに決めたのは過去の侵害を根拠とした合理的実施料である、陪審評決(2006年8月)により特許侵害が認定された以上、トヨタは故意侵害を継続していることになるので、侵害認定前の合理的実施料(つまり25ドル)と故意侵害が継続している状況では然るべき対価が加算される、と判示しました。

加算の根拠として

 ・2008年の原油価格の暴騰
 ・ハイブリッド車の販売増加
 ・同車の人気
 ・2007年燃費改善法の制定

などがあげられました。


今回の判決の背景には、

 (1) 陪審評決の25ドルは安すぎる
 (2) 陪審の評決は強制実施権に相当する
 (3) 総額としては穏当な賠償額だがこれでは侵害者のやり得となる

という地裁の心証があるようです。

地裁の「2006年8月後についてはトヨタは故意侵害者」という判断に対してトヨタはおそらくCAFCで争うことを望むでしょう。


ペイス社・トヨタの事件は、一審地裁(陪審)が実質的な強制実施権を認めたとして注目されたものでした。
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2009年04月20日

eBay判決の影響

eBay判決は、連邦最高裁判決であり、下級審にとって規範力をもちます。


下級審がどのような影響をうけるかについて、米特許高裁(CAFC)の判決(Paice LLC. v. Toyota Motor Corp.事件, 2007年)を具体的に検討してみます。


この事件でのPaice(原告)は自らは製造しないがハイブリッド電気自動車用のドライブ・トレインに関する特許を所有していました。トヨタのプリウスIIやレクサスなどの高級車が原告の特許3件を侵害しているとして、テキサス州の東部地区地裁に陪審裁を起こしました。陪審員は最終的に「文言侵害ナシ」均等論による「侵害アリ」と判断しました。


地裁は、損害賠償として、一台あたり25ドルの合理的実施料の支払いをトヨタに命じました。



それを受けて原告は、差止請求のモーションを提出し、侵害品の販売の差止めを求めたのですが、地裁はeBay判決に鑑みて、伝統的な4要素基準を適用して最終的に差止は認められないと判決しました。

原告はこの判決を不服として、CAFCに控訴し、被告のトヨタも均等論侵害の証拠が不十分であったとして控訴しました。


控訴審では、まず証拠が十分であったどうかが審理されました。トヨタの主張のポイントは、原告の専門家証人はもっぱら文言侵害を立証するための内容であって、それが認められなかった以上、均等論の侵害を支持するための証拠として不足である、というものでしたが、この主張は認められませんでした。


次の争点が、25ドルの損害賠償額の適否でした。


CAFCの結論は、25ドルの賠償額の多寡はともかく、その数字の算定根拠が不明なので、地裁でもう一度この論点についての審理をやりなおすよう命じました。


この事件の一審で、伝統的なエクイティの4要素が検討されました。4要素のうち特徴的なのが、第一要素の「回復不能な損害」と第三要素の「困難性」について。

回復不能な損害の有無については、原告は実際に製品を作っていないので、原告が失うものはないという結論で、原告の主張は認められませんでした。

また、困難性の有無については、原告は、差止が認められないと原告は事業から撤退しなければならないのに、トヨタにとってはちょっとした出費にすぎない、という主張をしましたが、認められませんでした。


この判決からも、差止リスクをてことした「ゆすり」的な取引を認めないというeBay判決のメッセージが伝わってきます。この事件も、製造設備をもたない特許権者による、パテントトローラ的な権利行使をめぐるものでした。
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2009年04月06日

eBay判決を契機とした日本の特許法改正(その2)

前回、日本で特許法改正の検討が進んでいて、その目玉の一つが差止請求権の廃止であることを書きました。

また、改正論の背景には、eBay米最高裁判決があったことも書きました。実は差止請求権の廃止は、「知的財産推進計画2008」の中で提言されています。

そこでは、米国のeBay判決を引き合いに出されています。推進計画は、濫用的な特許権の行使に対して規制のための何らかのルール作りが必要であるとしています。

そして、そのための手段として検討されているのが差止請求権の廃止という訳です。


知的財産推進計画2008
http://www.ipr.go.jp/sokuhou/2008keikaku.pdf

<67ページ>
(5) 知的財産の円滑・公正な活用を促進する
1 濫用的な権利行使に対応する
知財権の権利行使の仕方によっては、産業界における自由な競争に悪影響を与え、公共の利益に反する場合等があるため、2008年度から、正当な権利行使を尊重することを大前提としつつ、民法の権利濫用の法理や米国最高裁判決(eBay判決)等を考慮し、差止請求や損害賠償請求等の適切な権利行使の在り方について検討を行い、ガイドラインの作成等の必要な措置を講ずる。(経済産業省)



しかし、米最高裁判決をこのような形で、日本の知財政策の正当化理由に使うのは、もう少し慎重であるべきです。


それは、

 「eBay判決が法制度の異なる米国のものであること」

そして

 「eBay判決そのものの影響がどのようなものかまだ検証が十分ではない

ことが、理由です。


政策論としては濫用的な権利行使を規制することが正当化されても、法律として制定するためにはなにが濫用的でなにが合法的かをきちんと議論する必要があるでしょう。

「法律は10年前の事象を追う」と皮肉られますが、権利として制定された差止請求権を廃止するとなれば、それは十分な論議が必要であることは明らかです。


eBay判決は、伝統的なエクイティへの回帰を求めたものでした。

エクイティとは、個々のケース毎に差止の利益・不利益を比較考量して、救済としての差止命令の適否を決めようという米国独特の法理論です。

eBay判決の趣旨を日本でも活かそうとするのであれば、最初に差止請求権に手をつけるのではなく、むしろ衡平の観点からの利益調整の可能性を考えることが先決でしょう。特許法には「強制実施権」という格好の制度があります。むしろその活用を検討する法が、法の発展という意味でも正統だと思います。


日本の政策立案者は、米国の動きを「プロパテントからの後退」という単純化した図式でとらえているのかも知れません。筆者が、日本における差止請求権をめぐる動きに違和感をおぼえる理由はまさにその点にあります。eBay判決の意義は、当事者によって異なります。一律に「アンチパテント的」とするのは誤っています。

当事者により、事例により、eBay判決の影響が異なるのですが、日本では、伝えられるところによれば、権利としての差止請求を認めない方向で検討がすすめられているというのです。


次回は、eBay最高裁判決の影響が、下級審の心理にどのような影響を与えているかについて事例を挙げて紹介しましょう。
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2009年03月04日

e-Bay米国最高裁判決と日本特許法の改正

日本で特許法の抜本的な改正が検討されています。

改正の焦点は、特許権者の侵害差止請求権の改廃。今回の改正論は、瑣末な特許の権利行使により製造業が足を引っ張られているとの業界の声を受け止める形で浮上しましたが、その背景にはいろいろな事情があるようです。

まず、建前論から。

法律論では、特許は財産権であって所有権ではないとされています。これはどういうことかと言いますと、両者の所有(権)の「絶対性」の違いです。

簡単にいうと所有権と財産権ではどちらが強いかということ。所有権は、土地や建物のような有体物に認められており、その侵害に対しては損害賠償請求と差止請求が認められます。

ところが無体財産である特許の場合、所有の絶対性は有体財とくらべ相対的に弱いので、侵害の救済には損害賠償で十分であるという考えがあります。言い方を変えれば、特許権者に差止請求権まで認めるのは過分だということです。


このような法律論はさておき、この改正論が表に出るきっかけとなったのは、実は海の向こうのe-Bay事件米連邦最高裁判決でした。

米最高裁は、ビジネス特許(近年その特許性が問題視されておりました)については、機械的に差止を認めることはしないで、その適否をエクイティ(衡平法)の伝統的な4つの原則にもとづいて判断するとしたのです。

この判決は、これまで特許侵害が認定されるとほぼ自動的に認められてきた差止請求権に対して、正義・衡平の観点から判断しなければならないとしたのです。

判決のポイントは、差止を認めた場合に被る原告と被告の不利益の比較考量です。製造会社と製造能力をもたない特許権者では、差止命令の影響はまったく違います。差止命令の影響はメーカーには脅威であっても、製造していない者にとってはほとんど影響ありません。


米最高裁のe-Bay判決の背景には、製造能力をもたない特許権者(その多くはパテントトロール)が、特許侵害の差止請求権をてこにして莫大な和解金をせしめる練金術が米国で跋扈している実態があります。そこで使用されたのがビジネスモデル特許でした。

ビジネスモデル特許は、特許性について疑問の多いものが多く、昨年秋のCAFC判決(In re Bilski)で特許性が引き上げられました。ビジネス工程の組み合わせだけでは特許を認めない、特許になるためにはコンピュータとの連結が条件、ということがIn re Bilski判決で明らかにされましたが、それ以前に成立したビジネスモデル特許が多数あり、それをパテントトロールが「たな卸し」という名のもとに買い集めている現実があります。


日本では、上記のようないわゆる「パテントトロール」の跋扈はありませんが大手企業にはその種のコンタクトがすでに来ていると聞きます。問題が顕在化する前に行政が法改正に動いたとすれば、その評価は微妙です。

なぜならば、今、苦境にある製造業にとっては差止請求権の廃止は朗報かもしれませんが、中小企業やベンチャー企業にとっては特許をとる意味が少なくなります。特許の価値は差止請求権があることによる部分も大きいからです。


いずれ時が経って社会情勢が変わり、改正が社会実態に合わなくなったときにこんどは差止請求権を再導入できるかと言うと、それはおそらく難しいことでしょう。


この改正案の結末がどうなるか、しばらく見守ることにしましょう。
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2009年01月14日

アメリカ知的財産法への誘い 〜 年末年始の知財セミナー 〜

昨年末にメルマガ発行を予定していましたが、本業に追われその機会を逸してしまいました。遅配のお詫びとともに、本年最初の発行といたします。

今年もよろしくおつきあいをお願いいたします。


昨年末と年明け早々、知財セミナーで講演する機会がありました。
その様子と感想を述べて今年最初のブログといたします。



先ず最初に昨年12月9日の東京都知的財産総合センター主催の中小企業向け知的財産セミナーについて。


※東京都中小企業知的財産シンポジウム〜明日をみつめ、未来へつなぐ〜
 http://www.tokyo-chizai.jp/


このセミナーは中小企業の経営に知財をどう活かすかというテーマで、私は知財リスクの観点からワークショップで講演しました。その後で、工業デザイナーの奥山清行氏が「グローバル時代の知財戦略 競争力ある中小企業とは」という演題で基調講演をしました。

奥山さんはイタリアのフェラーリのデザイナーとしての経験を活かし、今は山形県に本拠地にしながら、一年の半分は外国でビジネスをしているそうです。

さすがに国際舞台で活躍している方はちがうと感じたのは、講演の内容もさることながら、その語り口、とくに間の取り方と聴衆への目線の配り方でした。

パワーポイントのスライドを使用しながら、原稿には一切顔を向けず、実に見事に話を展開し、完結させていました。その位の話術がないと外国との競争に勝ち抜いていけないのかと痛切に思い知らされました。

※工業デザイナーの奥山清行氏のオフィシャルウェブサイト
 http://www.kenokuyama.jp/

※その時の内容については、モデレータ役の遠山弁理士が自分のブログ(12月10日付)で紹介しています(http://chizai.cocolog-nifty.com/)。興味のある方は覗いてみてください。


基調講演の後に奥山氏やその他のパネリストを入れて、パネルディスカッションがありました。私は、自分のワークショップに参加した方にアンケートへの回答をお願いし、その回答をベースにしてパネル討論に臨みました。講演の後、パネル討論に出ることは何度かありましたが、その日のうちにアンケート調査をやってそのデータをもとにパネルでコメントするというのは初めてでした。

会場の受講者にとっても、自分のアンケート回答がどのように集計・解析されたのか興味があったようで、皆さん熱心に聞いておられました。講演内容とパネル討論を連動させるのは時間の問題もあり易しくはありませんが、いつか機会があればもう少しアンケートの調査項目を工夫してみたいと思いました。



次に年明けの知財研修について。1月7日、北陸地方にある某国立大学で、朝9時から午後4時まで、昼1時間の休みを挟んで、計6時間マラソン研修の講師を務めました。与えられたテーマは「企業経営と知的財産」と「民間企業における技術情報管理」で、両方とも難問中の難問のテーマでした。受講者は、これから学内の知財問題に取り組む教員や職員の方々。

今、日本の大学では、産学連携をどう進めるかで頭を痛めています。特に地方の大学は、地場産業との連携ということで、大都市の大学とは違った悩みをもっているようです。

どこの大学も知財担当の入れ物は国主導でできたのですが、それを担当する人材育成が課題です。今回は、学内で主導的に役割を行う知財アドバイザー養成のための研修講座でした。


閑話休題。現地には前日に入り、その夜は日本海でとれた海鮮料理をゆっくり堪能しました。美味しい地酒は翌日のマラソン研修そなえて控え目にして、お料理だけはたっぷりいただいた次第。

正月三箇日よりもリッチな気分を味わいました。
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2008年12月08日

アメリカ知的財産法への誘い 〜 「米国特許リフォーム法案」(続き) 〜

今年の8月に本欄で、米国特許リフォーム法案の中の損害賠償規定(284条)の改正について、具体的には「エンタイヤ・マーケット・バリュー」ルールの廃止について書きました。その時には紙幅の関係でその他の改正項目については説明を省きましたが、今回は残りの改正項目について概観しようと思います。

※メルマガVol.14「特許リフォーム(改革)法案」
 http://archive.mag2.com/0000251729/20080818073000000.html

先ず、今議会が検討してきた米国特許リフォーム法案には、以下のような改正が盛り込まれています。


特許法
 102条  先願主義の導入
 118条  企業による出願
 122条  全出願公開
 122条(e) 第三者特許情報提供
 135条  インタフェランス規定の削除、冒認手続き導入
 273条  先使用権の拡大
 284条  損害賠償と故意侵害
 315(c)条 当事者系再審査のエストッペル改正
 321〜332条 登録後再審査手続の新設

裁判所法
 1400条 裁判地修正

連邦民事訴訟法
 1292条 クレーム解釈の中間控訴


特許法284条、裁判所法1400条そして連邦民事訴訟法1292条を除く改正項目は、「米国アカデミーズ」が提案した「21世紀の米国特許制度」の中に提示されたものです。米国アカデミーズは元特許庁長官、大学教授、弁護士など知財分野の有識者で構成される団体で、2004年 4月に米国特許制度の抜本的な改革を提案しました。そこで提案された項目が2005年の改正案、2007年の改正案に盛り込まれてきたのです。

実は米国アカデミーズが提案した改正項目の多くは、米国の深刻な制度疲労に対する対策としてほぼ不可欠という点ではコンセンサスがとれていました。

ところが、議会に提案された法案には、それらコンセンサスの取れている項目に加えて、損害賠償規定、裁判所法1400条、連邦民事訴訟法1292条など、一部の業界には反発が強い項目が盛り込まれたのです。

どのような理由からこれらが盛り込まれたかは明らかではありませんが、おそらく現行の特許裁判制度に問題があるという意見を踏まえてドサクサに紛れた法案に盛り込んだものと思われます。

その結果、それらの項目については、特に情報産業とバイオ産業が強く反対し当初予定していた2007年での議会通過がならず、2008年に入ってからは大統領選挙で特許リフォーム法案どころではない雰囲気になってしまったのです。

厳密に言えば、これは法案に問題があったために審理が棚上げされたというよりも、大統領選挙を含めその他の問題が焦眉の急で、特許改革法案はそれらの中に埋没してしまったと言った方が的切かもしれません。


[特許法・参考リンク]
・米国・特許法(米語)
http://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/documents/appxl.htm
・米国・特許法(日本語)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/mokuji/us_tokkyo1.pdf
・米国・裁判所法(英語)
 〜JUDICIARY AND JUDICIAL PROCEDURE〜
http://www.law.cornell.edu/uscode/html/uscode28/usc_sup_01_28.html
・米国・連邦民事訴訟法(英語)
 〜FEDERAL RULES OF CIVIL PROCEDURE〜
http://www4.law.cornell.edu/uscode/html/uscode28a/usc_sup_05_28_10_sq4.html
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2008年11月17日

アメリカ知的財産法への誘い〜 ビジネス方法特許に対する死刑判決? 〜

2008年10月31日、日本企業の知財部や法務部に、米大手の知財専門の法律事務所から多くのニューズメールが届いた。その内容は、米特許高裁(CAFC)が10月30日、米国のビジネス方法特許に関する重要な判決(通常の3名の裁判官による合議判決ではなく、全裁判官による大法廷判決)の内容を解説したものであった。この事件は、商品に対する消費者の苦情処理費用を管理するための方法についての特許出願を特許庁が拒絶したことに対して争われたもので、CAFCは、自らの1998年のState Street Bank事件判決を変更して、ビジネス方法の特許適格基準を制限したものである。(In re Bilski判決)

米国では、特許を受けることのできる発明は、製品とプロセスに大別される。判例により、自然法則、心理的プロセス、抽象的アイデアは特許の対象から除外されてきた。ビジネスの方法はアイデアに近いので特許は認められなかった。しかし、その解釈は、CAFCのState Street Bank事件判決により変更された。CAFCは、ビジネス方法であっても、それが目に見える形で有用な結果を生み出すのであれば特許は認められると判決したからである。これは結果として審査の基準を大幅に引き下げるものであった。

State Street Bank事件で争われた特許は、金融ベンチャーの統合資産管理モデルについてのシステムと方法に関するものであった。特許の有効性が地裁で争われ、地裁はその特許は無効であると判決した。事件は控訴され、CAFCは地裁判決を破棄して、上に述べた解釈に立って特許の有効性を認める逆転判決をくだした。この判決が呼び水となり、その後、ビジネス方法特許ブームともいうべき現象が起きた。同判決以降、米国でのビジネス方法の特許出願件数は62,000件に及んだとされる。

ビジネス方法特許が認められることがはっきりしたため、これまで特許とは無縁の人達が盛んに特許を申請するようになった。しかし、米特許庁の審査能力の問題もあって、特許性そのものに疑問があるものにも特許が認められるようになった。まさに「何でも特許」と皮肉られる状況が出現したのである。これらの特許は、製造能力をもたない個人や法人の手にわたる場合が多く、専ら製造メーカーに対して権利行使された。

このようなビジネス方法特許が実体経済に与える悪影響を指摘したのが、米独禁法の番人である米連邦取引委員会(FTC)であった。FTCは2004年、米国企業の競争力に関する報告書の中で、米企業の技術革新が損なわれている原因の一つが、特許性に問題のある特許が特許庁により数多く認められていること、特に、ビジネス方法特許の問題点を指摘し、米特許庁に早急の改善を要請していた。特許庁側もこの問題については認識しており、ビジネス方法特許の審査基準を厳しくするなどして対処していた。その結果もあって、2001年のビジネス方法特許認可率が45%であったものが、2004年には11%に減少した。また、2007年には、特許が認められるのは、「機械によって作動する」プロセスであってかつ目に見える効果が得られるものに限定された。

裁判所も例外ではなかった。連邦最高裁は2006年、eBay事件判決(ビジネス方法特許の侵害が認められた事件)で、差止めによる救済は公共の利益や当事者の困難さなどを比較考量して慎重に判断すべきであるとした。これはパテントトロールが、差止めリスク回避したいという被告(大抵の場合、製造業者)の心理を利用して、多額の和解金をせしめるビジネスモデルを意識して、硬直的な差止めは認めないとした判決である。従来、侵害が認定されると自動的に差止救済が認めていたが、eBay判決はパテントトロールの訴訟戦略に大きな抑止効果があるとみなされている。

そして、今回のCAFCによるIn re Bilski事件判決。ビジネス方法特許の生みの親のCAFCが、自らの手でビジネス方法特許に高いハードルを課した。今後、ビジネス方法が特許を受けるためには、その方法が(1)具体的な機械や装置に連結されている(tied)こと、(2)具体的な物品を異なる態様や異なる物に変質する(transform)こと、が条件となる。

この判決は、特許法上、4つめの非適格な対象を追加するもので、極めて重要な判決であるという指摘がある。また、CAFCの大法廷判決は重要事件が多いため、連邦最高裁が上告を受理することが多い。今回の場合、連邦最高裁がどのような判断を下すか注目されている。もしState Street Bank事件の場合のように、今回の判決にも口を挟まないという立場(つまり上告請求を受理しないこと)をとれば、いわゆる「ビジネス方法特許」の命運は、実質的に尽きたということになろう。
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2008年11月09日

アメリカ知的財産法への誘い〜 特許模擬裁判 〜

筆者は現在、知財の専門職大学院で、米国特許法と国際知財訴訟を担当している。授業の準備のために、1990年に作成した「米国特許模擬裁判」のビデオを見る機会があった。


このビデオは、筆者が編集責任をしたものであるが、コピーを持っていることさえ忘れかけていたので、とてもなつかしく当時を思い出した。


この模擬裁判は、東京・三田の笹川記念ホールで1990年に開催した。

日本で初めての本格的な特許模擬裁判だったこともあり、話題を呼び500人弱の企業知財法務担当者が参加した。出演者は米国人特許弁護士9人。それぞれ裁判官、法廷弁護士、証人役を担当した。人工肺に関する米国特許侵害訴訟のトライアル(法廷審理)の場面を、実物サンプルを使って再現した。シナリオは、米国知財法協会(AIPLA)の訴訟部会が会員の研修用に制作したもので、それを日本での実演のためにお借りした。


この模擬裁判を企画・実施したのが筆者であった。出演者との連絡、会場の設営、ビデオ記録など、部下の手伝いがあったとは言え、すべて手探りで、今思えばよくやったものである。会場も現在であれば、ロースクールの模擬法廷などをお借りできるかもしれないが、当時は適当な場所がなく、結局、大きなホールのステージでの実演となった。結局、模擬裁判という公演の舞台監督をやったようなものである。


今では苦労の大半は忘れたが、模擬裁判の模様をビデオで見ると、さまざまなことが思い出されてくる。特に、ビデオ制作の経験が今思うと貴重であった。

ビデオ制作も筆者が担当したのだが、一番の苦労は、日本語のナレーションを入れるためのセリフ作成。裁判では特許性要件の有無が争点になるので、それを分かりやすい日本語に直すのに苦労した記憶が蘇ってきた。米国特許法を特に102条、103条については相当勉強した。それが、今の米特許法を教えるという立場にも大きな支えとなっているような気がする。それから、スタジオでのビデオ編集作業は、まったく違った環境での作業で、編集機械やスタッフに囲まれての作業は、とても楽しかったことを覚えている。


模擬裁判が好評で、出演者がその気になり、翌年には、さらにエスカレートして、陪審員による特許侵害裁判を行った。そのためにニューヨークの地方裁判所から現役の裁判官を招き、実際に陪審員を舞台上に上げて、模擬裁判を実施した。場所は同じく笹川記念ホール。その時には、陪審員による別室での評議の模様を中央ステージに映写するという仕掛けをした。NHKのカメラが入り「NHKスペシャル」にも取り上げられるほど話題となった。当時は、知財が関心を持たれ始めた揺籃期だった。


今、振り返ると、感慨もひとしおである。
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2008年08月24日

アメリカ知的財産法への誘い〜 特許リフォーム(改革)法案 〜

今、アメリカ連邦議会は夏休み中です。


秋に連邦議会が再会されると大統領選挙に突入しますので、現在上院本会議に送られている特許リフォーム法案は、ほぼ廃案間違いなしと見られています。

昨年度あれほど騒がれ、注目された改革法案ですが、今年に入ってからは話題にも上らなくなりました。


関心が冷めた理由はいくつかあるようです。

ある人にとっては、議会が特許制度の行方にあまり関心をもっていないというあきらめが強くなり、ある人にとっては、いずれ来年に始まる新しい会期(第111議会)にまた同じ法案が提出されるだろうという期待があります。

同じような改革法案が2005年に出され、それが廃案になって2007年にも再度提出されていますから、事情通の人は、2009年度にも同じことが起こると予想するでしょう。

ちなみに米国議会の会期は2年です。


特許リフォーム法案は多様な改正項目をもちます。

その中身についてここでは紹介できませんが、一つだけ注目すべき項目がありますので触れておきます。それは損害賠償規定(284条)の改正です。


これまで米国特許の侵害を救済するための損害賠償額は、「エンタイヤ・マーケット・バリュー」ルールを適用して算定する場合がありました。このルール「EMVルール」は、米国の特許損害賠償額を高騰させる大きな要因となっていました。

EMVルールとは、簡単に言いますと、部品に特許があって、その特許の侵害による損害賠償額の算定は、その部品を組み込んだ製品や装置の売上げを根拠にするというものです。

当然、製品や装置の売り上げは、構成部品の比ではありませんから、賠償額算定のベースが膨らみます。その結果として算定される損害賠償も高騰したのです。


法案の中では、EMVルールを原則として廃止にして、その代わりに特許発明の貢献部分に限定した損害賠償にすることが謳われています。

こう書きますと、特許の損害賠償は、特許発明に限定するのは当然ではないかと思われる読者も多いことでしょう。しかし、EMVルールはプロパテント全盛時に、特許権者の利益を守るために生み出されたた判例法なのです。

その判例法に対して、今、アメリカの企業が悲鳴を上げ、その改正を求めているという訳です。もちろん、その対象は製造業に携わらない特許権者、いわゆる「パテント・トロール」です。EMVルールは、米国でビジネスを行う際のリスクマネジメントの項目にもなっていました。


最近は、裁判所、特に最高裁がプロパテントの行き過ぎを是正するような法解釈をとっていますので、特許法が改正されなくても直ぐに不都合が起こるということはないのですが、明文でEMVルールが廃止することになれば、損害賠償法の透明性を高まり、実務上の影響は大きいでしょう。
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2008年06月18日

アメリカ知的財産法への誘い〜牛糞は発明の母(後編)〜

2番目の事例は「サクライダ事件」です。


この事件は、米最高裁がアメリカの非自明性の基準を定めた判決(1976年)として有名です。今回は少しお品のよい表現を心がけます。


サクライダ事件で争われたのは、牛の落下物を処理する方法でした。畜舎ではこれを清掃するのに、箒を使って掻き集めたり、ホースの水で側溝に流したりいずれにしても人手の要るしかも時間のかかる作業でした。


ある人は、これを人力に頼るのではなく、水を使って短い時間ですませるために、畜舎近くに水を堰き止めておいて、必要に応じてその水をあふれさせて畜舎の床一面に流して牛の落下物を洗い流す方法を考えついたのです。お風呂からあふれるお湯で、風呂場の床の上のものが流されるのをイメージしていただくとよいかもしれません。


彼の方法は特許出願されました。この方法は、既知の要素を組み合わせたものでしたが、人力によるものではない点やプールからあふれた水は面となって短時間に落下物を流し去ることができるなど、これまで箒やホースを使った清掃方法とは違って効率も良いため特許は成立しました。特許庁は非自明だと判断したのです。


しかし、この特許は裁判所でその有効性が争われました。最後は、最高裁にまで行き着きました。最高裁は、既知の要素の組合せ特許が保護されるためには、相乗効果がなければならないとしました。また、相乗効果は異なる機能によって立証されるのであって、単に以前の組合せより際立った結果を生み出しただけでは不十分であるとして、特許を無効としました。このサクライダ事件の最高裁判決は、非自明性(米特許法103条)の重要判例の一つです。


さて、なぜ今「サクライダ事件」かというと、実は本メルマガの最初に論じたKSR事件の最高裁の判決と関係するのです。KSR事件での最高裁判決は、非自明性の基準を、1966年の「グラハム対ジョンディア判決」(1966年)に戻すものであるとされていますが、もう少し正確にいうと、公知の組合せになる発明については、その後のサクライダ事件の最高裁判決が先例になるのです。組合せによって何か新しい機能が生まれていないと非自明とはいえないという非自明性のハードルを高くした判例でした。


ですからKSR事件の先例はサクライダ判決だといっても過言ではありません。



[Sakraida v. Ag Pro, Inc.事件・参考リンク]
・Justia.com
http://supreme.justia.com/us/425/273/case.html

・Sakraida v. Ag Pro, Inc.関連特許 US3223070
http://v3.espacenet.com/origdoc?DB=EPODOC&IDX=US3223070&F=0&QPN=US3223070
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2008年06月02日

アメリカ知的財産法への誘い〜牛糞は発明の母(前編)〜

品のない表題で恐縮です。読者がこの記事を目にするときは食事時でないことを祈るばかりです。今回は、牛の糞が関係した有名な特許事件を2件紹介します。1つが「チャクラバーティ事件」で、もう1つが「サクライダ事件」。


まず、チャクラバーティ事件から。


チャクラバーティ事件は、微生物に特許を認めた最初の最高裁判決として知られています。米国特許法史上十指に入る重要判例です。その発明はアナンダ・チャクラバーティという研究者が生み出したものでした。


アナンダはイリノイ大学で石油を分解する特定の菌(シュードモナス菌)を研究していました。GEに就職し、最初に与えられたのが、牛糞のセルロースを微生物で分解して飼料を作るというテーマでした。糞の中に含まれる未消化繊維を分解して飼料にするという発想です。


ところが世界の原油価格が大幅に下がり、原料となる原油が安く入手できるようになっため、会社は方針を変えてしまいました。石油そのままでは飼料になりませんから、微生物を使ってそれを分解し、栄養分を飼料に転用しようとしたのです。


アナンダは、会社の研究テーマとは別に、就業時間後や週末にシュードモナス菌を使って自分の研究を進めていました。その結果を論文発表したところ中東で開催される学会で口頭発表しないかという招待状が彼に届いたのです。


当時、GEでは、学会発表のための海外出張はほぼ機械的にみとめられていたようですが、アナンダの場合、たまたま副社長が彼の出張願いを見て、アナンダに研究内容を特許出願してから学会で発表するようにと条件をつけたのでした。そのため、学会では実質的ことは何も話せなくなりました。アナンダは後に回顧録の中で「これについては特許出願を準備中なのでこれ以上は発表できません」と何度も壇上で繰り返さざるをえなかったとその困惑ぶりを書いています。後からみればそれがアナンダに幸いしました。


さて、問題の特許ですが、微生物を使って原油を分解するプロセス、微生物が着床する浮遊物(海面に浮かぶもの)、人工的に生成した微生物―という3つの発明から構成されていました。最初の二つの発明には特許が認められましたが、3番目の人工微生物には特許は認められませんでした。


GEの社内弁理士はバイオ専門ではなかったのですが、新規・有用・非自明の3つの要件を満たす限り特許は人工微生物にも認められるべきだという信念から裁判で争ったのです。この事件は最終的に米最高裁で決着をみることになりました。そして遺伝子操作による生命体にも特許が認められるという判例が確立したのです。これが、微生物にも特許が認められ、米国のバイオ産業の発展の端緒となった「チャクラバーティ事件」です。


この事件は、特許庁の審決に対する裁判なので、後世、当時の特許庁長官の名前を入れて、「ダイアモンド対チャクラバーティ事件」と呼ばれるようになりました。



[Diamond v. Chakrabarty事件・参考リンク]
・Wikipedia:Diamond v. Chakrabarty
 http://en.wikipedia.org/wiki/Diamond_v._Chakrabarty

・アナンダ・チャクラバーティ氏の出願特許(GE名義)
−US3813316・US4259444
 対応日本特許:特開昭49-061376・特開昭58-028277
 Microorganisms having multiple compatible degradative energy-generat
 ing plasmids and preparation thereof
 http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=US3813316&F=8
−US3923597
 Mercury concentration by the use of microorganisms
 http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=US3923597&F=0
−US3923603
 Discrete plasmid construction from chromosomal genes in pseudomonas
 http://v3.espacenet.com/textdoc?DB=EPODOC&IDX=US3923603&F=0

※日本・特許電子図書館(IPDL)の外国公報DBで和文抄録を見ることが可能
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2008年05月07日

アメリカ知的財産法への誘い〜合衆国憲法の「発明条項」のはなし(2)〜

パテントトロールへの対応が問題になっていますが、この問題を考える手がかりを連邦憲法の発明条項に見出すことができます。


前回書きましたように、連邦憲法の発明条項は、特許法・著作権法を制定する権限を連邦議会に与えるものでした。その場合の立法目的は「学術および有用な技術の促進」であり、その手段は「排他的権利の保証」でした。これまでに特許法を正当化する理論がいくつか出されてきましたが、それらは上記の目的規定と手段規定のどちらにウェイトを置くかによって根拠が異なってきます。


たとえば「学術および有用な技術の促進」を重視する立場の人は、特許法の目的は、学術・技術という公共財の促進に貢献することであり、場合により個人の自由や権利は制約されても仕方がないと考えます。

この考え方は、18−19世紀のイギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムの「功利主義哲学」を根拠としています。ベンサムは「 最大多数の最大幸福 」という思想で有名で、この考え方に立てば、特許は多数の人々の幸せに貢献するものでなければなりません。


それに対して「 排他的権利の保証 」を重視する人は、そもそも発明は人間の精神的労働から生まれるものであり、それは発明者個人の財産であると主張します。この論を唱える人は17世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックの思想を根拠として、発明は人間の精神労働と公共財との組合せであるから、それは発明者の財産権となると考えます。ロックは、私有財産の概念を定着させた法学者として知られています。


ベンサム説もロック説も、特許正当化論としては完璧ではなく、それぞれ弱点をかかえています。たとえばベンサム説では、必然的に個人の自由が制約されることになり、それでは排他権の保証に矛盾します。またロック説では天賦の権利であるのに、有限の権利となるのはおかしいという指摘にうまく反論できません。


冒頭のパテントトロール問題に、ベンサム説とロック説を適用するとどうなるでしょう。パテントトロールはロック説を主張するでしょうし、権利行使される側はベンサム説に傾くことでしょう。ただ、あまりベンサム説を声高に主張すると、自社特許の権利主張に響くのでさじ加減は難しいところではあります。


米国の裁判所も揺れています。eBay v. MercExchange事件が好例です。

控訴裁のCAFCは、原告(パテントトロール)の特許侵害の主張を認め、差止命令を出しました。しかし最高裁は差止命令は退けました。最高裁の判断は、事業実体のない原告(パテントトロール)が差止命令により得る利益と、全米にわたりネット販売事業を展開しているeBayが被る被害(つまり消費者の不利益)をはかりにかけると、本件の場合差止めは事業者である eBay に負担がかかりすぎるというものでした。

一種のバランス論ではありますが、ベンサムの「最大多数の最大幸福」という考え方に近いととれなくもありません。


このように考えてみると、連邦憲法の発明条項は230年前に作られたものですが、すっかり時代が変わった今日でも、依然として存在感を維持していることがわかります。


[eBay v. MercExchange事件・参考リンク]
・Wikipedia: eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C.
 http://en.wikipedia.org/wiki/EBay_Inc._v._MercExchange,_L.L.C.
・U.S. Supreme Court official website
 http://www.supremecourtus.gov/opinions/05pdf/05-130.pdf
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2008年04月14日

アメリカ知的財産法への誘い〜合衆国憲法の「発明条項」のはなし(1)〜

米国特許法は、連邦憲法の一節を根拠にして制定されていることはよく知られています。憲法1条8項に「発明条項」と呼ばれる規定があります。この規定は1787年に制定されたもので、連邦議会に対して著作と発明に一定期間の排他権を認めるための立法権を認めています。

関連部分を抜粋して英文で引用します。


・・・to promote the Progress of Science and useful Arts by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries (下線筆者)


今回は、下線が引いてある「Science」と「Arts」の意味についてです。

一般的にはScienceの訳語は「科学」、Artsは「芸術」でしょう。ところが、300年以上前の憲法制定時にはScienceは科学よりももっと広い知識や教養という意味も含まれていたようです。つまり、Scienceはより著作物をイメージしていたのです。そしてArtsは、TechnologiesやIndustriesという意味を持っていました。

だから特許要件でもある"useful"という形容詞がついているのです。

このような説明がつくと、憲法の発明条項は法文として明快に理解できます。つまり、著作権の対象が先行し、次いで特許権の対象が言及されているので、Scienceに対応する用語としてAuthors, Writingsが、そしてArtsに対してはInventors, Discoveriesと続きます。語順も統一されています。


ところが、Scienceを「科学」と訳すとどうしても特許のイメージが強くなります。しかも後続のArtsは、「芸術」や「美術」と訳すことも可能です。美術となると著作権のイメージが生まれます。そのような訳にしてしまうと「・・・科学と有用な芸術を促進するため・・・」という目的のことろは、「著作権」と「特許」という権利の形態の語順と合わなくなります。


もちろん言わんとしているところはわかるので実質的にはそれほど問題はないのですが、精緻であるべき憲法規定の訳としては少し変です。だからこの部分を邦訳するときには、憲法制定時の意図を汲んで訳語をえらぶ必要があります。ただそうすると、この規定を憲法の「発明条項」と呼ぶことにも少し違和感がでてきます。「著作権条項」とすべきではないかという意見も出てくるかもしれません。


訳語の問題はともあれ、米国特許法はこのような憲法上の規定を根拠として制定されました。その目的は「技術の進歩」です。特許法をめぐる解釈が争われたときには、裁判所はつねに憲法のこの規定に遡って判断をします。


これに対して日本の特許法は、ご承知のように「産業の発達」への寄与を目的としています。日米特許法のこの違いが運用上微妙な違いを生み出しているといわれています。


(つづく)


[米国特許制度の歴史については、服部健一「変貌する米国特許制度・運用とその対策の方向」(『知財管理』2008年3月号)を参照。]
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2008年03月24日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国における職務発明(第2回)〜

前回概要をご紹介した職務発明の事例は、正直なところ判りにくかったのではないかと思います。その理由はCAFCの判決理由が法律論だからです。


わかりやすく言えば、この事件は、発明者Aと雇用者(HP)との間の雇用契約の「発明譲渡規定」が有効かどうかについて争ったものでした。地裁は、その規定は有効であるので、その契約の締結日から、特許権は雇用者のHPに移っており、原告のIpVenture には裁判を起こす権利(原告適格)がないと判決したのです。その根拠となる先例(CAFC判決)を2件引用しました。これは非常に判りやすい論理です。


ところが、CAFCはこの地裁の判断が誤りであるとしました。その理由は、問題の発明譲渡規定は「将来発生するであろう譲渡」を定めたものであって、それが実際に有効となるためには、具体的な発明について明文の譲渡合意がなければならないとの解釈を取りました。今回の事件の場合、雇用契約中の譲渡規定だけで発明の譲渡を認めるのは不十分であるとしたわけです。


発明者AとHPとの間の発明譲渡規定では


「AがHPに雇用されている間、A単独または他との共同で生まれた発明および発見については・・・、それらはHP単独の財産であり、Aは、・・・それらをHPに譲渡することに合意する


となっています。この規定を素直に読めば、地裁が判断したようにAの職務発明はHPに譲渡されたと考えるのが普通でしょう。


しかし、アメリカでは発明者に権利が帰属するのが原則なので、その原則を曲げるには具体的かつ明示的な証拠が必要であるというのがCAFCの判決の趣旨といえます。つまり、将来生まれるであろう発明の譲渡を予め約束しても、実際に発生した発明について具体的かつ明文で譲渡の合意がなされない限り、当初の約束は無効であるという考え方です。この事件の場合、2005年のHPとIpVenture との契約によって、HPが特許権の放棄を確認しています。CAFCによれば、その文書は、当初の譲渡規定のCAFCの解釈が正しことを裏付けているのです。


この考え方は、「発明規程での一方的な譲渡合意は認められない」とする日本の職務発明判決(オリンパス事件)にも見られます。つまり、将来生み出される発明の帰属を、予め雇用契約で定めて置いても、それが具体的に契約として明文化されなければ無効です、ということを確認した判決といえるでしょう。


前回、事実関係で重要な事項が抜けていましたのでここに補足します。

発明者Aは原告(IpVenture)のオーナーの一人でした。つまり、CAFCの解釈のように雇用契約の中の譲渡規定が無効であれば、235特許は当然発明者であるAに帰属します。Aは自分の会社であるIpVentureに保有特許を譲渡して会社として235特許の権利行使ができることになります。だからこそ、2003年※に侵害訴訟を起こしたのです。


※前回提訴年を2002年と書きましたが2003年の誤りです。訂正します。
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2008年03月10日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国における職務発明(第1回)〜

日本と異なり、業務上なされた発明(職務発明)について米国特許法には明文の規定はありません。業務上の発明であっても特許の所有権は基本的に発明者に帰属します。しかし、会社が発明の開発に貢献したときには「ショップライト」と呼ばれる無償の通常実施権が認められるので、職務発明に関する限り、会社はとくに支障なくその発明を使用することができるのです。


それでは米国では職務発明をめぐる労使間の紛争はないのでしょうか。


そうではありません。そこは訴訟社会のこと、裁判事例がいくつか報告されています。ただし、それらは契約をめぐる裁判であり、一見すると他の問題のようでもあります。少なくとも「権利の帰属」という我々にわかりやすいタームで報告されることはありません。


ショップライトが判例で認められていますが、米国の雇用者はほとんど社員に対し業務上の発明を雇用者に譲渡することを契約書で明記しているのが普通です。


いわゆる発明の譲渡契約です。


しかし、この譲渡契約の文言が適切でないと、雇用者に譲渡されていたはずの発明についての権利が認められない場合があります。その好例が、IpVenture, Inc. v. ProStar Computer, Inc.事件です。


特許弁護士(A)は、ある共同発明を1994年に出願し特許を得ました(235特許)。

Aは、1992年から95年までHewlett-Packard(HP)の特許代理人を勤めており、HP在職中は業務上の発明をHPに譲渡する旨の契約に署名していました。

問題の235特許は、HP在職中にAが出願したものでした。Aは後になって235特許をIpVentureに譲渡しました。

それを根拠にIpVentureは2003年、ProStar Computer他を侵害容疑で提訴しました。それがこの事件です。


被告のProStarは次のように反論しました。つまり、IpVentureは特許権の正当な承継者ではなく、235特許の権利はHPにあると。原告のIpVentureは、ProStarに対する訴訟提起の後にHPと交渉し235特許の権利はすべてIpVentureが保有する旨の合意をHPから取り付けていました。


一審の地裁は、AとHPの間の発明譲渡契約は有効であり、提訴後に締結されたIpVentureとHP間の合意は無効であると判決しました。これに対して控訴審のCAFCは、IpVentureが裁判を提起した時点(2002年)で、HPが235特許についての権利を保有していたかどうかについて審理し、HPには235特許の権利はないと結論づけました。


その理由は、AとHPとの間の発明譲渡契約は「(Aがその発明を)譲渡することに合意した」(agreed to assign)とだけ規定するもので、この規定は「将来の」HPへの譲渡についての規定であると判断したからです。

その結果、AとHPとの間の譲渡契約の下ではHPにはAの発明についての権利がないと判断しました。



この判決を読むと米国は契約の国だと今更に思い知らされます。契約の規定が明確でなければ、雇用主であっても業務上の発明について実施権が認められないからです。

この判決に対して、HPはショップライトが認められるだろうと考えた読者がいたとすればその人は只者ではないですね。確かに、ショップライトはコモンロー(あるいは衡平法)の権利であり、契約法にもとづくものではないから今回の判決には影響を受けないと考えることもできます。

ただ、この事件では、HPは235特許に未練はなく、だからそこIpVentureにその権利を譲ることに合意した訳です。コモンロー(あるいは衡平法)上の権利であるショップライトを争うことはこの事件では考えられないといえるでしょう。
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2008年02月12日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国特許法の域外適用(第2回)〜

前回、ソフトウエアは米国特許法271条(f)で規定する「構成部品」と認められず、米国特許法の域外適用は認められないとする米連邦最高裁判決を紹介しました。この最高裁判決がどれほどの広がりをもつかはっきりしません。最高裁判決によりソフトウエア特許は対象外であることは明らかですが、他の場合にどのようになるかは明確ではありません。今回は、プロセス特許が絡んだ域外適用の問題を紹介して、その点を考えてみます。


ポリエステル繊維や樹脂は、エチレンオキシドを材料にします。エチレンオキシドは、エチレンと酸素を反応させて生成しますが、その時に銀を触媒にすると反応効率がよくなることが知られていました。

ユニオン・カーバイドは、銀に他の金属を加えると反応効率が一層改善することを発見し、3件のプロセス特許を取得しました。そしてその特許を根拠にライバルのシェル石油を訴えたのです。提訴理由は、シェル石油の使用した触媒がユニオン・カーバイドの特許に侵害するというものでした。

一審は陪審裁判となり、陪審員はユニオン・カーバイド敗訴(非侵害、特許無効、損害賠償なし)の評決を出しました。ユニオン・カーバイドはこの判決を不服としてCAFCに控訴。CAFCは、一部の争点について地裁の判決に問題があるとして、その問題についてのみ裁判の差し戻しを命じました。差し戻し審では、ユニオン・カーバイドの1件の特許だけが問題となりました。

その特許について陪審員は、シェル石油の触媒販売は、間接侵害を構成するとして侵害を認める評決を下しました。


それを受けた地裁判事は、損害賠償の算定にあたりシェル石油の触媒を外国に輸出した分については計算に含めないと結論付けました。特許法271条(f)(下記参照)はプロセスクレームを対象にしていないという理由からです。


271条(f)(再録)
(1) 特許発明の構成部品を、米国内もしくは海外へ許可無く供給した者は、その構成部品が全体的もしくは部分的に組み立てられていないものの、米国内で組み立てられるような状態にあり、もし米国内で組み立てれば特許権を侵害するものであるとき、侵害の罪に問われる。    

※米国特許法271条(コーネル大学)              
 http://www.law.cornell.edu/patent/35uscs271.html



地裁判事は「271条(f)は特許発明の構成部品の輸出に対しては侵害責任を課すものであるが、プロセスクレームについては適用されない」との解釈を示しました。その結果、海外輸出分を除き、それ以外の触媒については侵害を認め、差止め命令を出したのです。この判決にシェル石油もユニオン・カーバイドも不服でCAFCに控訴しました。


控訴を受けたCAFCは、この地裁判事の解釈は誤りであるとしました。CAFCは、自ら下したEolas v. Microsoft 事件判決にもとづき、271条(f)はプロセスクレームにも等しく適用されると解釈しました。

さらに、自らのAT&T v. Microsoft 事件判決もその根拠の一つであるとしました。ところが、このAT&T v. Microsoft 事件のCAFC判決は、後に最高裁で覆され、ソフトウエアは構成部品ではないと判断されたのは前回書いたとおりです。プロセスクレームについては、ユニオン・カーバイド事件は覆されていませんので、その事件でのCAFC判決は拘束力をもつと考えるのが普通ですが、今後似たような事件で、CAFCがAT&T事件最高裁判決を踏まえて、271条(f)にもとづく域外適用がプロセスクレームの場合にも認めるかどうかについては、異なる解釈がでる可能性があるかもしれません。


CAFCの法解釈に対して最高裁判決が異を唱えることが多くなっていますので、CAFCとしても最高裁の顔色を伺わざるを得ない状況になっているのもその理由の一つです。


次回は、米国の職務発明をめぐるトピックを紹介します。
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2008年01月28日

アメリカ知的財産法への誘い〜米国特許法の域外適用(第1回)〜

特許法は原則としてそれが制定された国内でのみ適用されます。これは「属地主義」と呼ばれる考え方です。ところが、米国特許法には、国外の行為にも米国特許法が及ぶとする規定があります。米国特許法271条(f)の規定がそれです。いわば属地主義の例外にあたり「域外適用」(extraterritoriality)と呼ばれています。


※米国特許法271条(コーネル大学)
 http://www.law.cornell.edu/patent/35uscs271.html


271条(f)の規定は、概ね、以下の内容です。

(1) 特許発明の構成部品を、米国内もしくは海外へ許可無く供給した者は、その構成部品が全体的もしくは部分的に組み立てられていないものの、米国内で組み立てられるような状態にあり、もし米国内で組み立てれば特許権を侵害するものであるとき、侵害の罪に問われる。

(2) (略)


ここでなぜこのような規定が米国で生まれたかを考えてみます。この問題の端緒はおよそ150年前に遡ります。フランス船の構造が米国特許に侵害するとして、侵害裁判が起こされました。連邦最高裁は、通商・外交上の配慮から、米国特許は外国船には及ばないと判決しました(Brown事件、1856年)。この判決により、米国特許法の域外適用の禁止が判例として確立したのです。


1972年には、米国特許でカバーしている製品を分解して部品を国外に送り、国外でそれを組み立てたことに対して侵害裁判が米国で起こされました。この事件を取り上げた連邦最高裁は、域外適用禁止の判例に従い米国特許非侵害の判決を下しました(Deepsouth事件)。当時は、司法にアンチパテントの流れが残っており、この最高裁判決はある意味で当然の結果でした。


しかし、関係業界が動き出しました。ロビー活動を強力に展開して特許法改正を求めた結果、議会は1987年に特許法に271条(f)を追加したのです。これによって、外国での迂回行為に米国特許を適用できる道がひらかれたのです。当時発表された法改正の理由は、特許品の部品を輸出して海外で組み立てさせる迂回行為を防止し、特許法の抜け道をふさぐことにあるとされました。


このような域外適用の経緯を見ると、そもそも271条(f)の域外適用は、機械製品などの物理的な製品の構成部品を単体で外国に供給し、そこで組み立てることを対象にしていることがわかります。そのような事件では、域外適用が認められていました。


しかし、2005年以降になると、ソフトウエアを対象とした域外適用の問題が続発するようになりました。要するに有体部品ではなく、ソフトウエアが「構成部品」にあたるかどうかという問題です。CAFCは、ソフトウエアも構成部品にあたるという判断を示し始めましたが、それに待ったをかけたのが連邦最高裁でした。


最高裁は2007年4月、AT&T v. Microsoft事件判決でCAFCの解釈を否定しました。この事件では、コンピュータ・ソフトウエアが米国から海外にマスターディスクの形で送付され、日本やドイツで製造されたPCに搭載された場合、271条(f)の下で米国特許の侵害となるかどうかが争われました。最高裁は、ソフトウエアは発明品の構成部品にはあたらないので、域外適用の要件を満たさないとして、米特許の侵害は成立しないとしました。


※AT&T事件・最高裁判決
 http://www.supremecourtus.gov/opinions/06pdf/05-1056.pdf

 AT&T事件・最高裁判決試訳
 (松田特許事務所)
 http://matsuda-patent.com/ATTvMS-translation.pdf

 AT&T事件・最高裁判決解説
 (モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所)
 http://www.mofo.jp/news/updates/tlcb/pdf/070515.pdf 



この判決が注目されるのは、所有者の知財権を拡張的に解釈しがちなCAFCに対して、連邦最高裁が抑制的な解釈をとっているからです。判決の中で最高裁は、何も域外適用という法律上議論をよぶ手段をとらなくても、必要な国に特許出願しておけば済むことではないかという趣旨の意見を述べています。連邦最高裁は、この事件以外でも次々にCAFCの判断を覆しています。


AT&T事件を契機とした特許法の域外適用問題の本格的な論考として小田真治「米国特許法の域外適用の論点(上)」(「L&T」No.38, 2008/1, pp 34-43)があります。参考にしてください。
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2008年01月15日

アメリカ知的財産法への誘い〜KSR判決とその影響(最終回)〜

米国特許庁(USPTO)は2007年10月10日、KSR判決を受けて103条に基づく自明性決定のためのガイドラインを発表しました。審査官用の「手引き」という位置づけであり、法的な拘束力はありません。冒頭に、既存のガイドラインと異なる場合には既存のものが優先すると断り書きがしてあります。とはいえ、いずれは審査便覧(MPEP)の改訂時に収載される予定であり、審査官にとっては座右の銘とせざるを得ないでしょう。

今回は、このガイドラインを通して米特許庁がKSR判決をどのように受け止め、どのように審査実務に反映させるつもりかを検討して本テーマについてのまとめとします。


KSR判決の要諦はグラハム基準への回帰です。

グラハム基準は、公知例の範囲と内容、当該発明と公知例との差異、当業者のレベルの確認・特定でした。今回のガイドラインでは、それぞれの要件について分析手法を提示しています。以下のようにまとめることができます。


1)公知例の範囲と内容の確認
  審査官はまず出願明細書に記載された発明を完全に理解する。その際、明細書に依拠して合理的かつ広義な解釈をする。その後、発明主題についての公知例調査を行う。調査に際してはMPEPの規定に従う。


2)当該発明と公知例との差異の確認
  まずクレーム文言を解釈する。その際、当該発明と公知例の全体を考慮する。


3)当業者のレベル
  審査官は、以下の点を考慮して技術レベルを決める。その後、発明が当業者にとって自明であるかどうかを決定する。
  a)解決すべき問題の種類
  b)公知例ではそのような問題をどのように解決しているか
  c)関連分野のイノベーションのスピード
  d)当該技術の洗練度
  e)当業者の教育レベル


なお、当業者のレベルを決める場合、審査官の技術レベルに依拠した判断をしても許される。また、審査官がTSM基準により拒絶理由が相当と判断した場合、TSM基準の適用は認められる。


さて、皆さんが米特許庁の審査官だとしたらこのガイドラインで、出願中の発明が自明であるかどうか判断できるでしょうか。かなり難しいのではないかと思います。


それに加えて先行きが読めない理由の一つは、連邦最高裁が「TSM基準を硬直的でない限り」認めるという妥協により、何も変わらないという結果も予想しうるからです。米国の非自明性法理の歴史を見ると、グラハム基準では抽象的すぎるということでTSM基準が導入されたという経緯があります。最高裁のKSR裁判のヒアリングでは、TSM基準は「怪しげな」基準といわんばかりの強い調子の批判を受けたにもかかわらず、結局、生き残りました。

その結果、審査官はTSM基準に駆け込むことができる余地が残りました。現実にTSM基準に依拠した下級審の判決も出始めているようです。


さて、次回は、米特許法の「域外適用」の問題について考えてみます。
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2007年12月25日

アメリカ知的財産法への誘い〜KSR判決とその影響(3)〜

これまでKSR判決の背景と新基準のメカニズムを説明してきました。今回は、本題である「KSR判決の影響」を考えてみたいと思います。


KSR判決は、特許の条件の一つ「非自明性」の基準を引き上げるものでした非自明性の基準変更は、特許の成否あるいは特許の有効・無効の判断に関係しますから、特許審査を行うUSPTOや特許無効確認訴訟を審理する連邦地裁には大きな影響を与えます。


それでは特許庁や裁判所のサービス利用者にとって、今回の判決はどのような影響を与えるのでしょうか。


これまでKSR判決の影響について、多くの評者がコメントを出しています。判決が出てから8ヶ月しか経っていないので、あくまでも予測の域を出ませんが、大方は医薬品業界への影響が大きいという点で共通しています。


なぜでしょうか。


一つは、事業における特許1件あたりの貢献度が圧倒的に大きいからです。つまり特許の価値が大きいのです。医薬品業界では、先発メーカーの特許が切れるとすぐに同じ効能をもつジェネリック(後発)薬が市場にでます。

したがって、先発メーカーは後発メーカーの市場参入をできるだけ遅らせることを事業戦略の重要な要素と考えます。これが「ライフサイクル・マネジメント」と呼ばれる考え方です。

反対に、後発メーカーは、ブロックバスター薬と呼ばれるヒット商品の特許をできれば期間満了前に無効にしたいと考えます。両者の利害は先鋭化しておりそれが特許訴訟として法廷で争われます。


ちなみに、CAFCは、KSR判決以降11月までに、16件の控訴審で非自明性争点について判決を下しています。その中で医薬品メーカーが当事者となったものは7件、ほぼ半分を占めます。その中から今後の動向を占うような判決例を2件取り上げてみます。


一つが5月に判決が出されたPfizer事件です。この事件では、後発メーカーがPfizerの所有する物質特許が無効であると主張しましたが、一審・控訴審共、後発メーカーの主張を退けました。


後発メーカーはその根拠として、Pfizerが比較例として明細書に記載した化合物から特許クレームの化合物は想起しうると主張しました。比較例の化合物と特許化合物とでは、ベンゼン環の塩基の位置が違っていました。後発メーカーは、塩基の位置を変えることは当業者には容易である主張をしたのですが、その主張は認められませんでした。


この事件の場合、後発メーカーが無効の根拠としてあげた化合物は副作用をもたらすことが文献で知られていました。それに対して、特許化合物はその副作用を回避するものであり、そこが新薬として承認された理由でもありました。


この事件のポイントは二つ。


一つは、明細書に記載された化合物を根拠にして発明の非自明性を攻撃してもそれは弱いということ。明細書に記載・引用された公知例は、審査官により考慮されたとみなされ、それを再度引用しての特許攻撃は、従来から説得力が弱いとされていました。

もう一つは、薬事法でさだめる手続きを経て承認された医薬品については、その承認によって薬効・安全性などの改良点が進歩性の証であると評価され、KSR判決は、そのような進歩性についてまで否定しうるものではないということ。


この事件については吉田哲氏他が「パテント」誌(2007,No.11)に「米国進歩性判断に対するKSR判決の影響と進歩性主張の留意事項」という論考で詳細に解説していますのでご興味のある方は参考にしてください。



もう一つの事例が今年の9月12日に出た(旧)第一製薬と後発メーカーとの間の侵害訴訟判決。第一製薬の所有する点耳薬に関する特許に対して、後発メーカーが特許無効を争う旨を宣言し(「ANDA−IV証明」)、後発医薬品の略式製造承認を申請しました。これを受けて、第一製薬は後発メーカーを特許侵害のかどで提訴。地裁は、特許の有効性を認め、後発メーカーの侵害を認定しました。

事件はCAFCに控訴。CAFCは地裁の判決を破棄しました。破棄の理由は「当業者のレベル」でした。地裁はCAFCの判例を引いて「医学博士などの学位をもち、耳鼻炎症の治療経験のある・・・」医者を当事者として定義しました。しかし、CAFCは、発明者が提出した動物実験の証拠書類が「医者」ではない人によって作成されている事実、そしてそのための化合物は必ずしも医者が開発する訳ではないとして、当業者には、医薬品の開発者なども含まれる ―つまりもっと低いレベル― と定義し直したのです。


したがって、地裁は改めてこのように定義された当業者の知識・常識で点耳薬特許が発明当時自明であったかどうかを判断することになります。これは当業者の定義の問題ですが、KSR判決の意を汲んだものであるといえるでしょう。
posted by J.Fujino at 22:45| Comment(7) | TrackBack(4) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

アメリカ知的財産法への誘い〜KSR判決とその影響(2)〜

米国での特許性を判断する際、三つの要素を考慮すると前回書きました。

その一つが「非自明性」―これまでに誰も思いつかなかったかどうか。

非自明性の判断は言うほど簡単ではありません。そのためにCAFCが「TSM基準」を導入したのです。

KSR判決が後続の下級審の判決にどのような影響を与えているかという本題に入る前に、3M社のヒット商品「ポストイット(R)」(以下、ポストイット)を例にして、非自明性について考え方をもう一度整理しておきましょう。


「ポストイット」の構成要素は、紙と糊と言ってよいでしょう。


その糊は、「くっついてもくっつかない」というおもしろい特徴をもっています。関連特許を調べてないので推測で論を進めますが、おそらくそのような特徴をもつ糊については特許が認められるでしょう。

問題は、そのような糊を塗布した付箋やメモ用紙に特許が認められるかどうかです。特許が認められるためには、商品アイデアが生まれた1974年頃に「当業者」がそれを文具に応用することを思いつかなかったことが条件となります。

ご存知のとおり、紙の歴史は古く、紀元前に発明されています。

糊もさまざまな種類があるでしょう。場合によっては、剥がれやすい糊もあったかも知れません。ただ、3Mの発明した糊は、接着性が高くしかも剥がれやすいという一見矛盾する性質なので、そのような性質を合わせもつ接着剤については誰も考えなかったかも知れません。仮に、糊を紙に塗布するという先行するアイデアがあったとしても、最高裁判例(グラハム基準)の下では、ポストイット発明に特許が認められたでしょう。

それはなぜか。

3Mのホームページに掲載されている「ポストイット開発物語」によれば、高い接着性があって剥がれやすい接着剤を1969年に試作し、10年余の曲折を経て1980年にメモ・ノートという新商品を発売したそうです。

途中、開発中止寸前にまで追い込まれたこともあったようですが、忍耐強い販促努力によりユーザが増え、それが市場での成功につながったのです。

グラハム判例(1966年)の下では、非自明性の有無は、公知例の技術レベルを特定し、公知例の範囲・内容を特定し、公知例と発明とを比較して決定します。その他に、販売の拡大や売上げの上昇などの二次的考慮事項を参考にしてもよいとされています。仮に、ポストイット発明は公知例とあまり差がないという判断がなさなれていても、市場の成功により、非自明性の要件が満たされるでしょう。

それではTSM基準の場合はどうでしょうか。

TSM基準は、1980年中後半に種々の判決の中で確立された判例なので、現実にはTSM基準はポストイット発明に適用されることはなく、あくまでもこれは仮想の設問です。

判断のポイントは、紙と糊の組み合わせを「教示し、示唆し、動機付ける」記載が公知例にあるかどうか。しかも紙と糊を個別に判断するのではなく、商品全体として判断することが必要です。紙と糊の組み合わせについて記載する公知例がなければ、恐らく、審査官も裁判官もTSM基準にしたがって、ポストイット発明が非自明であると認めることでしょう。

ポストイットの場合、グラハム基準でもTSM基準でも結果は同じとなりました。それだけ非自明な発明であると言えるのかもしれません。しかし、結論に至るアプローチには大きな違いがあります。前者の場合、当業者の常識として「紙と糊の組み合わせ」は思いつくとされる可能性はゼロではありません。「市場での成功」という二次的考慮事項によって非自明性の条件がクリヤーされたのです。ところがTSM基準の場合には、公知例に組み合わせに言及するものがない限り、非自明性であるとされます。ポストイット発明では、おそらく糊の成分や特性も非自明でしょうから、紙と糊の組み合わせはだれでも思いつくという主張(これはグラハム基準の下では提起される可能性が否定できない)は、公知例に言及がない限り根拠がないのです。

このように事例にあてはめてみると、TSM基準による場合の非自明性の判断基準はグラハム基準に比べると相対的に低いことが理解できると思います。
posted by J.Fujino at 23:22| Comment(1) | TrackBack(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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