2008年04月14日

アメリカ知的財産法への誘い〜合衆国憲法の「発明条項」のはなし(1)〜

米国特許法は、連邦憲法の一節を根拠にして制定されていることはよく知られています。憲法1条8項に「発明条項」と呼ばれる規定があります。この規定は1787年に制定されたもので、連邦議会に対して著作と発明に一定期間の排他権を認めるための立法権を認めています。

関連部分を抜粋して英文で引用します。


・・・to promote the Progress of Science and useful Arts by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries (下線筆者)


今回は、下線が引いてある「Science」と「Arts」の意味についてです。

一般的にはScienceの訳語は「科学」、Artsは「芸術」でしょう。ところが、300年以上前の憲法制定時にはScienceは科学よりももっと広い知識や教養という意味も含まれていたようです。つまり、Scienceはより著作物をイメージしていたのです。そしてArtsは、TechnologiesやIndustriesという意味を持っていました。

だから特許要件でもある"useful"という形容詞がついているのです。

このような説明がつくと、憲法の発明条項は法文として明快に理解できます。つまり、著作権の対象が先行し、次いで特許権の対象が言及されているので、Scienceに対応する用語としてAuthors, Writingsが、そしてArtsに対してはInventors, Discoveriesと続きます。語順も統一されています。


ところが、Scienceを「科学」と訳すとどうしても特許のイメージが強くなります。しかも後続のArtsは、「芸術」や「美術」と訳すことも可能です。美術となると著作権のイメージが生まれます。そのような訳にしてしまうと「・・・科学と有用な芸術を促進するため・・・」という目的のことろは、「著作権」と「特許」という権利の形態の語順と合わなくなります。


もちろん言わんとしているところはわかるので実質的にはそれほど問題はないのですが、精緻であるべき憲法規定の訳としては少し変です。だからこの部分を邦訳するときには、憲法制定時の意図を汲んで訳語をえらぶ必要があります。ただそうすると、この規定を憲法の「発明条項」と呼ぶことにも少し違和感がでてきます。「著作権条項」とすべきではないかという意見も出てくるかもしれません。


訳語の問題はともあれ、米国特許法はこのような憲法上の規定を根拠として制定されました。その目的は「技術の進歩」です。特許法をめぐる解釈が争われたときには、裁判所はつねに憲法のこの規定に遡って判断をします。


これに対して日本の特許法は、ご承知のように「産業の発達」への寄与を目的としています。日米特許法のこの違いが運用上微妙な違いを生み出しているといわれています。


(つづく)


[米国特許制度の歴史については、服部健一「変貌する米国特許制度・運用とその対策の方向」(『知財管理』2008年3月号)を参照。]
posted by J.Fujino at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Scienceの訳語の「科学」ですが、先生は「科学」の意味を狭く解釈されているように考えます。
「科学」は最も狭義には「自然科学」を意味しますが、Wikipedia等の辞典にも記載の通り、今日でも、人文科学、社会科学を含むこともあります。人文科学には、文学、美学、芸術学が含まれます。図書館によく行く人には、おなじみです。300年以上前の合衆国憲法制定時を想定する必要はありません。

https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/
では、「Science」は、「学術」と訳されています。
Posted by 通りすがり at 2017年12月06日 10:36
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