2007年12月12日

アメリカ知的財産法への誘い〜KSR判決とその影響(2)〜

米国での特許性を判断する際、三つの要素を考慮すると前回書きました。

その一つが「非自明性」―これまでに誰も思いつかなかったかどうか。

非自明性の判断は言うほど簡単ではありません。そのためにCAFCが「TSM基準」を導入したのです。

KSR判決が後続の下級審の判決にどのような影響を与えているかという本題に入る前に、3M社のヒット商品「ポストイット(R)」(以下、ポストイット)を例にして、非自明性について考え方をもう一度整理しておきましょう。


「ポストイット」の構成要素は、紙と糊と言ってよいでしょう。


その糊は、「くっついてもくっつかない」というおもしろい特徴をもっています。関連特許を調べてないので推測で論を進めますが、おそらくそのような特徴をもつ糊については特許が認められるでしょう。

問題は、そのような糊を塗布した付箋やメモ用紙に特許が認められるかどうかです。特許が認められるためには、商品アイデアが生まれた1974年頃に「当業者」がそれを文具に応用することを思いつかなかったことが条件となります。

ご存知のとおり、紙の歴史は古く、紀元前に発明されています。

糊もさまざまな種類があるでしょう。場合によっては、剥がれやすい糊もあったかも知れません。ただ、3Mの発明した糊は、接着性が高くしかも剥がれやすいという一見矛盾する性質なので、そのような性質を合わせもつ接着剤については誰も考えなかったかも知れません。仮に、糊を紙に塗布するという先行するアイデアがあったとしても、最高裁判例(グラハム基準)の下では、ポストイット発明に特許が認められたでしょう。

それはなぜか。

3Mのホームページに掲載されている「ポストイット開発物語」によれば、高い接着性があって剥がれやすい接着剤を1969年に試作し、10年余の曲折を経て1980年にメモ・ノートという新商品を発売したそうです。

途中、開発中止寸前にまで追い込まれたこともあったようですが、忍耐強い販促努力によりユーザが増え、それが市場での成功につながったのです。

グラハム判例(1966年)の下では、非自明性の有無は、公知例の技術レベルを特定し、公知例の範囲・内容を特定し、公知例と発明とを比較して決定します。その他に、販売の拡大や売上げの上昇などの二次的考慮事項を参考にしてもよいとされています。仮に、ポストイット発明は公知例とあまり差がないという判断がなさなれていても、市場の成功により、非自明性の要件が満たされるでしょう。

それではTSM基準の場合はどうでしょうか。

TSM基準は、1980年中後半に種々の判決の中で確立された判例なので、現実にはTSM基準はポストイット発明に適用されることはなく、あくまでもこれは仮想の設問です。

判断のポイントは、紙と糊の組み合わせを「教示し、示唆し、動機付ける」記載が公知例にあるかどうか。しかも紙と糊を個別に判断するのではなく、商品全体として判断することが必要です。紙と糊の組み合わせについて記載する公知例がなければ、恐らく、審査官も裁判官もTSM基準にしたがって、ポストイット発明が非自明であると認めることでしょう。

ポストイットの場合、グラハム基準でもTSM基準でも結果は同じとなりました。それだけ非自明な発明であると言えるのかもしれません。しかし、結論に至るアプローチには大きな違いがあります。前者の場合、当業者の常識として「紙と糊の組み合わせ」は思いつくとされる可能性はゼロではありません。「市場での成功」という二次的考慮事項によって非自明性の条件がクリヤーされたのです。ところがTSM基準の場合には、公知例に組み合わせに言及するものがない限り、非自明性であるとされます。ポストイット発明では、おそらく糊の成分や特性も非自明でしょうから、紙と糊の組み合わせはだれでも思いつくという主張(これはグラハム基準の下では提起される可能性が否定できない)は、公知例に言及がない限り根拠がないのです。

このように事例にあてはめてみると、TSM基準による場合の非自明性の判断基準はグラハム基準に比べると相対的に低いことが理解できると思います。
posted by J.Fujino at 23:22| Comment(1) | TrackBack(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
入れないと広告として成立しないからだよ あと宮沢賢治や赤毛のアンとか…
Posted by 中田ヤスタカ 逮捕 at 2013年07月07日 15:35
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