2008年05月07日

アメリカ知的財産法への誘い〜合衆国憲法の「発明条項」のはなし(2)〜

パテントトロールへの対応が問題になっていますが、この問題を考える手がかりを連邦憲法の発明条項に見出すことができます。


前回書きましたように、連邦憲法の発明条項は、特許法・著作権法を制定する権限を連邦議会に与えるものでした。その場合の立法目的は「学術および有用な技術の促進」であり、その手段は「排他的権利の保証」でした。これまでに特許法を正当化する理論がいくつか出されてきましたが、それらは上記の目的規定と手段規定のどちらにウェイトを置くかによって根拠が異なってきます。


たとえば「学術および有用な技術の促進」を重視する立場の人は、特許法の目的は、学術・技術という公共財の促進に貢献することであり、場合により個人の自由や権利は制約されても仕方がないと考えます。

この考え方は、18−19世紀のイギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムの「功利主義哲学」を根拠としています。ベンサムは「 最大多数の最大幸福 」という思想で有名で、この考え方に立てば、特許は多数の人々の幸せに貢献するものでなければなりません。


それに対して「 排他的権利の保証 」を重視する人は、そもそも発明は人間の精神的労働から生まれるものであり、それは発明者個人の財産であると主張します。この論を唱える人は17世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックの思想を根拠として、発明は人間の精神労働と公共財との組合せであるから、それは発明者の財産権となると考えます。ロックは、私有財産の概念を定着させた法学者として知られています。


ベンサム説もロック説も、特許正当化論としては完璧ではなく、それぞれ弱点をかかえています。たとえばベンサム説では、必然的に個人の自由が制約されることになり、それでは排他権の保証に矛盾します。またロック説では天賦の権利であるのに、有限の権利となるのはおかしいという指摘にうまく反論できません。


冒頭のパテントトロール問題に、ベンサム説とロック説を適用するとどうなるでしょう。パテントトロールはロック説を主張するでしょうし、権利行使される側はベンサム説に傾くことでしょう。ただ、あまりベンサム説を声高に主張すると、自社特許の権利主張に響くのでさじ加減は難しいところではあります。


米国の裁判所も揺れています。eBay v. MercExchange事件が好例です。

控訴裁のCAFCは、原告(パテントトロール)の特許侵害の主張を認め、差止命令を出しました。しかし最高裁は差止命令は退けました。最高裁の判断は、事業実体のない原告(パテントトロール)が差止命令により得る利益と、全米にわたりネット販売事業を展開しているeBayが被る被害(つまり消費者の不利益)をはかりにかけると、本件の場合差止めは事業者である eBay に負担がかかりすぎるというものでした。

一種のバランス論ではありますが、ベンサムの「最大多数の最大幸福」という考え方に近いととれなくもありません。


このように考えてみると、連邦憲法の発明条項は230年前に作られたものですが、すっかり時代が変わった今日でも、依然として存在感を維持していることがわかります。


[eBay v. MercExchange事件・参考リンク]
・Wikipedia: eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C.
 http://en.wikipedia.org/wiki/EBay_Inc._v._MercExchange,_L.L.C.
・U.S. Supreme Court official website
 http://www.supremecourtus.gov/opinions/05pdf/05-130.pdf
posted by J.Fujino at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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